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バルフォア宣言

第一次世界大戦末期の1917年11月、イギリスがユダヤ人にパレスチナ国家建設を認めた宣言。それ以前にアラブ人の独立を認めたフセイン=マクマホン協定、フランスなどとのオスマン帝国領分割を密約したサイクス=ピコ協定と矛盾し、現在にいたるパレスチナ問題の原因となった。

Balfore
バルフォア宣言 1017/11/2
 第一次世界大戦が始まり、末期の1917年、イギリスが大戦後にパレスチナユダヤ人の国家を建設することを認めた宣言。ロイド=ジョージ挙国一致内閣の外相バルフォアからロンドンのウォルター=ロスチャイルドへの書簡として出され、ロスチャイルドが公開した。ロスチャイルドは、当時、ユダヤ人のパレスティナへの移住と建国を目指すシオニズム運動の代表を務めていた。

ユダヤ人国家の建設を認める

 その文面の要点は「イギリスは、パレスチナにおけるユダヤ人の民族ホーム A National Home の樹立に賛同して、目的の達成のために最善の努力を払う」という点であった。それには「パレスチナに現存する非ユダヤ人社会の市民的及び宗教的諸権利」を害することのないこと、という条件が付けられていた。
 この宣言は、ユダヤ国家の建設を求めるシオニズムに「いい顔」をすることによって、パレスチナでの対オスマン帝国(トルコ)戦を有利に進めることと、ヨーロッパにおけるユダヤ系大資本の代表であるロスチャイルド家の支援を取り付けることを狙っていたのである。

矛盾した宣言

 一方でイギリスは秘密協定であるフセイン=マクマホン協定ではアラブ人の独立を認め、サイクス=ピコ協定で戦後のフランスとの分割支配を密約していたので、それらと矛盾することとなり、大戦後のパレスチナ問題の原因を作ったといえる。 → パレスチナ(委任統治)

News バルフォア宣言草案、競売に

 朝日新聞、2005年5月26日の記事によると、6月16日にバルフォア宣言の手書きの草案がニューヨークでオークションにかけられることになったと、競売会社サザビーズが発表したという。草案は17年7月17日、ロンドンであったユダヤ人の帰還運動を進めるシオニスト政治委員会の会合で中心人物の一人が書き留めた。ホテルの紙に鉛筆で「国王陛下の政府は、パレスチナがユダヤ人の国家的居住地として再建されるという原則を認める」と書かれている。草案のコピーの送り先として、当時、軍需相だったウィンストン・チャーチルの名前がメモされている。11月2日に実際に外相バルフォアの名で発表された宣言では「国王陛下の政府は、パレスチナにユダヤ人の国家的居住地をつくることを好意的に見る」という表現に弱められた。<朝日新聞 2005年5月26日>

News 100年年後の謝罪拒否

 2017年は、バルフォア宣言が発せられてから100年に当たっている。11月2日、ロンドンでイスラエルのネタニヤフ首相と会食したイギリスのメイ首相は、「バルフォア宣言」についてのイギリスの謝罪を拒否することを明言した。新聞記事は次のように伝えている。
(引用)パレスチナにユダヤ人国家を建設することを英国が支持した「バルフォア宣言」から100年を迎えた2日夜、記念の夕食会がロンドンで開かれ、英国のメイ首相は「イスラエル国家建設のための我々の先駆的な役割を誇りに思う」と述べた。パレスチナが求める謝罪は「絶対にない」と拒否する考えを示した。
 夕食会には、イスラエルのネタニヤフ首相や、宣言を出した当時のバルフォア外相の親族らが参加。メイ氏は、宣言によって「類いまれな国家を誕生させた」として「歴史上最も重要な書簡の一つ」と評価した。イスラエルメディアによると、ネタニヤフ氏は「宣言とそれを記念することは英国を歴史の正しい側に置く」と応じた。<朝日新聞 2017年11月3日>
 一方、会談の中で、メイ首相はネタニヤフ首相に対し、イスラエルが占領地で拡大させる「違法入植地への重大な懸念」を表明。和平の障害を乗り越え、同国と将来の独立したパレスチナの「2国家共存」による解決を支持するとした。
 これに対し、パレスチナ自治政府のアッバス議長は「英国は歴史的な不正をただす行動を一切とらず、謝罪も補償もしていない」と強く非難し、謝罪や国家承認を求めた。パレスチナ自治区の各地で2日、宣言を批判するパレスチナ人らの抗議活動が行われた。一部では、メイ首相とバルフォア卿を模したと思われる人形が燃やされた。<以上、2017年11月3日の各社ニュースより>  イギリス政府がバルフォア宣言を誇りに思うということは、誤りではなかったと認めたことになる。すると、それと矛盾するフセイン=マクマホン宣言とサイクスピコ協定が間違いだったと言わざるを得なくなるのではないだろうか。しかい、そうは言うまい。「誇り高い」イギリス帝国主義思想はみごとに生き残っていると言うことか。
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ノートの参照
第15章1節 イ.戦時外交と総力戦