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段祺瑞

中国の軍閥安徽派の首領。袁世凱後の中国の実権を握り、日本と結び政権を維持しようとした。

 だんきずい。1916年、袁世凱が死んだ後、黎元洪が大総統となったが、実権を握ったのは国務総理の段祺瑞であった。北洋軍閥は袁世凱の死後、段祺瑞の「安徽派」と馮国璋の「直隷派」に分裂し、抗争していた。段祺瑞は袁世凱に続き、日本と結びつき、1917年には日本にならって第一次世界大戦でドイツに宣戦布告した。また対抗する直隷派が英仏の支援を受けていたので、それと戦い中国の武力統一を実現するために日本の寺内内閣から巨額の支援を受けた(寺内首相の個人的な代理人西原亀三を通じての借款だったので西原借款といわれ、総額1億4500万円にのぼるといわれる金額が焦げ付いた)。しかし日本寄りの姿勢は国民の反感を買い、国内の安定を望む民族資本家の支持もないまま孤立し、1918年総理を辞任した。その後の北京政府は軍閥の抗争が続き、中国は実質的には軍閥の割拠する分裂国家となる。
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ノートの参照
第15章3節 イ.日本の動きと民族運動