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広東軍政府

1917年、孫文が北京の軍閥政権に対抗して組織した政府。北伐を準備し、孫文の死後、蒋介石が実施した。

中華民国の1917年~24年、広東省の広州で、孫文が北京の軍閥政権に対抗するために組織した軍事政権。北京の軍閥安徽派の段祺瑞政権が、日本の支援を受けて全国統一に乗り出す形成となったことに危機感を持った孫文は、1917年7月に上海から広東に移り、臨時約法を守るための政府を広州に樹立、大元帥となった。これを広東軍政府(第1次)という。雲南の唐継尭、広西の陸栄廷などの軍事力を頼り、段祺瑞軍と「護法戦争」を戦ったが敗れた。その後も、1921年の第2次、1923年の第3次と再建されたが、いずれも孫文と広東の軍閥勢力の間の内紛で、安定しなかった。そのような状況を克服しようとした孫文は、1924年にコミンテルンの要請を受けて共産党との合作に踏み切る。翌年の孫文死後、ようやく最初の国民政府が広州に組織される。
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ノートの参照
第14章3節 エ.辛亥革命