印刷 | 通常画面に戻る |

宣統帝/溥儀

宣統帝は清朝最後の皇帝。名前は溥儀。後に満州国執政を経て皇帝となる。

 清朝の最後の皇帝(中国)、宣統帝としては在位1908~1912年。清朝の皇帝の家系を継承し姓は愛新覚羅(あいしんかくら。満州語ではアイシンギョロ)で、名は溥儀(ふぎ)といった。光緒帝の弟の醇親王載灃(さいほう)の長男。清の動揺が進む中、1908年、父帝と西太后が相次いでなくなり、わずか2歳で即位した。1911年、辛亥革命/第一革命が起こると、清朝末期の実権を握っていた袁世凱孫文と取り引きして、武力によって幼帝の宣統帝を脅し、皇帝側は皇室の優遇、満州人などの漢人との平等な待遇などを条件にして2月12日、退位した。これによって清朝は277年目で滅亡した。これは同時に、始皇帝以来続いた中国の皇帝政治の終わりでもあった。
 その後、北京の紫禁城で幽閉同様の生活を送っていたが、1931年、日本の関東軍満州事変を引き起こし、翌年に傀儡国家として満州国を建国すると、溥儀は担ぎ出されて執政となり、新京に入った。ついで満州国皇帝(在位1934~1945年)となった。数奇な運命にもて遊ばれた、ラストエンペラーであった。
印 刷
印刷画面へ
ノートの参照
第14章3節 エ.辛亥革命
DVD案内

B.ベルトリッチ監督
『ラストエンペラー』