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労働組合

資本主義社会で生じる労働者の不利益を、労働者自らが団結して資本家と対等な交渉をするために組織した組合。労働者は闘いによって権利として団結権を獲得し、ブルジョワ社会でも公認されるに至った。

 資本主義社会の資本家と労働者の利害の対立から生じる労働問題が深刻となったため、資本家によって搾取されている労働者が、主体的に「団結」することによって資本家と交渉し、労働条件の改善をめざして組織されたのが労働組合であった。
 イギリスの産業革命期には労働者は劣悪な条件(長時間の労働と低賃金、また女性や児童の苛酷な労働、不安定な雇用など)に置かれていた。資本家に対する戦いは当初はラダイト運動に見られるような非組織的な暴力行動が多かったが、次第に労働者の自覚が高まり、資本家やその立場に立つ政府と闘うために団結しようという労働運動が自然発生的に生まれた。
 フランス革命は封建的な旧制度を破壊し、ギルドなどを解散させたが、同時にル=シャプリエ法(1791年)を制定して労働者の団結も禁止した。フランスは産業革命前であったので、労働組合が結成されるという状況ではなかったが、革命政府がブルジョワ権力であることを示す立法であった。

労働組合の発生と公認

 初期においては労働者の組織的な活動は認められず、イギリスにおいては弾圧のための立法として、1799年には団結禁止法も制定された。運動もラダイト運動のように暴力的で自然発生的なものにとどまり、ピータールー事件(1819年)のように厳しく弾圧された。しかし、19世紀初めにロバート=オーウェンらの社会主義の思想が生まれ、労働者を法的に保護するとともに労働組合を公認する動きが始まった。その後、労働組合は資本主義社会に広がり、その運動は国際的に連帯して大きな力をもつようになった。1820年代の自由主義的改革の中で1824年に団結禁止法は廃止され、労働者団結法によって労働組合の結成が公認された。1830年代には労働者保護の立法として一般工場法(1833年)が制定され、労働者の運動は要求実現のために参政権を得ようとするチャーティスト運動にまで高まっていった。
 1848年、マルクスとエンゲルスが共産党宣言を発表し、労働者の解放をめざす運動が理論的支柱を得て世界的に広がっていくと、イギリスでは1871年の労働組合法でストライキ権が保証されるなど、労働者の団結権・団体交渉権・ストライキ権が労働三権として確立していった。
 1830年代に産業革命に達したフランスでは、労使関係の近代化が求められ、1864年にル=シャプリエ法(団結禁止法)が廃止された。
 労働組合の活動が法的に認められるとともに職業別の労働組合の全国組織が各国で結成されるようになり、イギリスでは1868年の労働組合会議、ドイツの自由労働組合、アメリカの労働総同盟などが生まれ、さらに国際労働運動も活動するようになり、第1インターナショナルに続き、第2インターナショナル第3インターナショナルの結成が続いた。

19世紀のイギリスにおける労働組合運動の略史

 1799年 団結禁止法を制定:資本家の意を受けた政府による労働運動に対する弾圧。 
 1811年 ラダイト運動起こる:熟練した手工業職人による機会打ちこわし運動。1819年にはピータールー事件起きる。
       この間、ロバート=オーウェンらの初期社会主義思想広まる。
 1824年 団結禁止法を廃止し、労働者団結法を制定:労働組合の結成が初めて法的に認められる。
 1833年 一般工場法を制定:世界最初の労働者保護法。児童労働の禁止、労働時間の制限など。
 1838年 チャーティスト運動起こる:労働者による参政権の要求運動。48年に最も盛んになる。
 1847年 10時間労働法:チャーティスト運動の成果として制定される。
 1868年 労働組合会議結成:労働組合の全国的連合組織。TUC
 1871年 労働組合法を制定:ストライキ権などを認める。
 1884年 フェビアン協会が結成される。穏健な社会主義による政治団体の始まる。
 1893年 独立労働党結成:ケア=ハーディが指導。
 1900年 労働代表委員会結成:TUC、フェビアン協会、独立労働党などで組織した最初の労働者政党。
 1906年 労働党結成:労働代表委員会が改称。マルクス主義派を排除した、議会主義を標榜した社会主義政党。
→ 主な国際労働運動とアメリカの労働組合運動は12章2節の国際労働運動を参照

労働組合主義

 20世紀の帝国主義時代に資本主義の矛盾が明らかになるとともに、社会主義革命が必至であるという意識と運動が生まれた。その中で資本主義生産様式を否定してどのような社会にすべきかを考えたとき、労働組合を革命の単位としようという思想が登場した。それが労働組合主義(サンディカリズム)であり、主としてフランスで盛んになった。それが国家否定の思想であるアナーキズムと結びついて、アナルコ=サンディカリズムとなった。共産党(ボリシェヴィキ)や社会党などマルクス主義からは批判されたが、フランス、イタリア、スペインでは一定の勢力となり、国際労働運動(インターナショナル)でも反主流派として存在した。またファシズムが台頭するとそれに対する抵抗運動としての人民戦線でも役割を果たした。しかし、スペイン戦争で人民戦線が敗北したことにより、その運動は退潮した。 

労働組合の欧米と日本の違い

 労働組合ははじめは同一職種の熟練工が組織する職業別組合から始まったが、次第に未熟練工も加えた同一産業の労働者が企業の枠を超えて組織した産業別組合が主流となってきた。欧米では特にその傾向が強く、労働者の自立意識が強く企業への帰属意識が弱い。それに対して日本の労働組合は終身雇用制という日本独自の雇用慣行があるために労働組合も企業別組合が主流である。企業別組合は往々にして労働者の利益より企業の利益を優先することがあり、「御用組合」などと揶揄されることもある。

労働組合の形態

 労働組合は組合員の資格と企業の雇用との関係の違いで次の三つの形態がある。
 オープン=ショップ:労働組合の加入・脱退は自由で、企業は誰でも採用でき、解雇できる。従って企業側に有利な形態である。
 ユニオン=ショップ:企業が採用した労働者は必ず労働組合に加盟しなければならない。組合を脱退すれば企業も解雇される。労働組合にとっては有利であるが、全員加盟組合でも解雇規定がない場合も多く、「尻抜けユニオン」などと言われる。
 クローズド=ショップ:企業は労働組合の組合員から雇用しなければならない。この場合も組合を脱退すれば企業も解雇される。最も労働組合にとって有利な形態である。

アメリカの労働組合

 アメリカでは1886年にサミュエル=ゴンパースの指導の下、全国的な労働組合運送の組織として、アメリカ労働総同盟(AFL)が運動を開始した。世界恐慌では大きな打撃を受けたが、フランクリン=ローズヴェルトのニュー=ディール政策の一環として1935年にワグナー法が制定され、労働者の権利の保障が強化された。ワグナー法は労働者の権利を保護することでその生活を安定させ、国内の購買力を高めることがねらいであった。この法的保護のもとアメリカの労働組合は未曾有の組織化が進んだが、同時に組合運動の分裂が始まり、AFLに対して産業別組織会議(CIO)が結成された。労働組合は資本主義社会の中で経営者に対する「拮抗力」をもつに至り、1938年には公正労働基準法が改めて制定されて、最低賃金(全業種で8年後に40セント)、労働時間(3年後に週40時間)が統一された。
 ところが第二次世界大戦後の冷戦時代になると、反社会主義の風潮の強まる中で反動期となり、1947年のタフト=ハートレー法では、クローズド=ショップは禁止、ユニオン=ショップも制限され、ストライキ権も制限された。50年代には戦後アメリカ経済の繁栄の中で、労働組合は消費生活の中に埋没するようになり、職業別の政治的圧力団体という面を強めていく。
参考 労働組合の今 このような流れは日本もふくめた状況であり、2000年代に入り非正規労働者が急増する中で、労働組合は既得権にしがみついて雇用と賃金を守るだけの時代遅れの存在だと批判されるようになった。労働組合運動も政党との協力関係の路線の違いから連合と全労連が対立するなど、市民目線から離れたところでわだかまっている。組合加入率も年々下がっており、労働組合にとって冬の時代となっている。しかし、資本主義社会とともに生まれた労働組合の存在意義を世界史学習をつうじて歴史的に振り返ったとき、依然としてその役割はなくなっていないと考えざるを得ない。若い人の手で新しい労働組合運動が生まれる気配も出ている。