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警察予備隊

朝鮮戦争勃発直後の1950年8月、GHQの指示で始まった日本の再軍備で、最初に組織された。

 戦後の日本において、連合国軍最高司令部(GHQ)はポツダム宣言にもとづいて日本軍を解体し、さらに日本国憲法は第9条において軍備を持たない平和国家であることを宣言した。しかし、朝鮮戦争が勃発すると、GHQ最高司令官マッカーサーは直後の1950年7月8日に吉田茂首相に書簡を送り、7万5千名の警察予備隊と海上保安庁の設置するよう指示した。これは日本に駐留していたアメリカ軍を朝鮮に派遣したために生じた国内の治安上の不備を補うものためのものであったが、マッカーサーの指示を受けた吉田首相は、8月10日、国会に諮ることなく政令(このような政令をポツダム政令という)によって警察予備隊を創設した。これは保安隊、そして自衛隊にと発展していくことになる日本の再軍備の第一歩であった。

Episode 警察? 軍隊?

 警察予備隊ははじめその要員は警察官が宛てられた。それは軍人が公職追放の対象になっていたためであった。全国の警察から集められた隊員が米軍キャンプで訓練を受けた。まもなく1951年3年、GHQは旧軍の下級将校を追放解除とし、警察予備隊幹部として迎えた。そのため、指揮官は旧陸軍士官学校出身者で占められることとなった。吉田首相は「警察予備隊は軍隊ではない」と再軍備を否定したが、「解釈改憲」の始まりだった。もとも吉田茂は戦時中は軍部に抵抗した外務官僚で、軍備強化論者ではなく、軽軍備による経済発展を重視する思想を持っていたと言われている。
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ノートの参照
第16章2節 ア.朝鮮戦争と冷戦体制の成立