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保守派クーデター(ソ連共産党)

1991年、ゴルバチョフ政権に反発したソ連共産党保守派がクーデタを起こしたが失敗し、かえってソ連共産党の解体につながった。

 1991年8月、ソ連共産党の保守派がゴルバチョフ大統領を軟禁し、連邦制と共産党指導権の維持を図ったクーデターを起こした。しかし、モスクワ市民、メディアの反対によって失敗し、ソ連共産党及びソ連邦の解体の直接的な契機となった。
 クーデターを起こしたのは副大統領ヤナーエフ、国防相ヤゾフ、首相パブロフ、内相プーゾ、KGB議長クリュチコフなど。実際のシナリオをつくったのはゴルバチョフの古くからの同志ルキヤノフ書記だった。彼らは保守派ないしは中道派に属する党官僚で、ゴルバチョフ政権と改革派が進めるペレストロイカが、最終的に共産党一党独裁を否定し、ソ連邦の解体に進むことに危機感を抱き、ゴルバチョフを排除し、保守派の権力を樹立するところにあった。
 彼らは8月19日、クリミア半島の保養地で新連邦条約草案を作成していたゴルバチョフを監禁し(最近明らかになったことは監禁ではなく、自分の意志でモスクワに戻らなかったともされている)、健康上の理由で辞任したと発表、ヤナーエフを大統領代行にして権力を掌握したと発表した。しかし、ロシアのエリツィン大統領がモスクワ市民の先頭に立ってクーデター反対に立ち上がり、軍の大勢もエリツィン側についたためクーデターは全く失敗、わずか三日間で鎮定された。
 このクーデターは失敗したが、ソ連大統領ゴルバチョフ、およびソ連共産党の権威は全く失墜し、同年中に一気にソ連共産党の解党、さらにソ連の解体に突き進むこととなった。
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