マルドゥク神
バビロン第1王朝時代のバビロンの都市神であり、メソポタミアの多くの神々の中の最高神とされた。
メソポタミアが統一されたバビロン第1王朝の時代に、首都バビロンの都市神とされ、多くの神々の中の最高神としてあがめられた神。
シュメール起源の天の神々の主アヌ(アン)と天地の主エンリル神と知恵の神エンキ(エア)の三神が、エンキの長子のマルドゥクに「神々の主権と地上の支配権」を授与したという物語ができあがり、前2000年紀後半、ハンムラビ王によって最盛期をむかえる古バビロニア(バビロン第一王朝)の時代には、首都バビロンの都市神マルドゥクとされた。バビロンの繁栄とともにメソポタミアの最高神として祭られるようになった。神々の地位の変動には都市の興亡が反映している。<本村凌二『多神教と一神教-古代地中海世界の宗教ドラマ-』2005 岩波新書 p.42-43>
新バビロニア王国においてもマルドゥク神は国家神として儀礼の中心となり、マルドゥク神を讃える天地創造神話『エヌマ・エリシュ』(「上では……とき」の文句から始まるのでこう呼ばれた)が、都バビロンのイシュタル門やジッグラトの前で朗唱された。特に新年の祭には王がマルドゥク神を演じてさまざまな儀礼が執り行われた。
まず、未分化の水の全体という原初的イメージがあり、そこに最初の対遇神アプスーとティアマトが見分けられる。他の資料ではアプスーは淡水、ティアマトは海とも書かれている。時が経過し天空神アヌが生まれ、アヌが全知神エアを生んだ。これらの若い神々ははしゃぎ回り、大声を出してアプスーを悩ます。休息をかき乱されたアプスーは若い神々を殺そうとするが、機先を制したエアが呪文を唱えてアプスーを縛り、殺してしまった。エアは水の神となり、その妻ダムキナがマルドゥクを生んだ。夫を殺されたティアマトは復讐を誓う。アヌがティアマトを攻撃した後、ティアマトは行動を起こす決心をした。ティアマトは『世界宗教事典』では闇と混沌の女神とされている。
ティアマトは怪物、大蛇、巨大なライオン、怒り狂った悪魔などを作り、最初に生んだ神々の中から「キング」を取り立て、その胸に運命の板をつけ、至高の権力を授けた。これらを見て若い神々は勇気を失ったが、マルドゥクだけは「あらかじめ至高神として承認されることを条件に」ティアマトと戦うことを宣言した。こうしてティアマトとマルドゥクの決闘が始まった。
『エヌマ・エリシュ』は伝統的神話のテーマを用いながら、どちらかといえば、陰気な宇宙創造論と悲観的な人間論をあらわしている。若き勝利者マルドゥクをたたえるために、原初期の神々、なかでもティアマトは「悪魔的」諸価値を与えられている。・・・宇宙創造は、二群に分かれた神々のあいだの葛藤の結果であるが、ティアマトの陣営は、彼女の創造になる怪物・魔物を含んでいる。言いかえれば、「原初的なるもの」そのものが、「否定的創造物」の源泉として示されている。マルドゥクが天地を形成したのはティアマトの死体からであった。他の伝承にも認められるこのテーマは、さまざまに解釈することができる。始原の女神の身体から創られた宇宙は彼女の実体にあずかっているが、ティアマトの「悪魔化」以後も、その実体が神聖であるといえるであろうか。
それゆえに、宇宙は二重性をもつことになる。すなわち、まったく悪魔的であるとはいえないとしてもすくなくとも両義的な「素質」と、神的な「形式」(形式はマルドゥクによって創られたものだから)をもつのである。・・・要するに、世界は、一方の混沌として悪魔的な「原初性」と、もう一方の、神の創造性・現前性・知恵との「混合」の結果であることがわかる。それはメソポタミアの思索が到達した、もっとも複雑な宇宙創造の定式であろう。というのは、それは、そのうちには不可解または不必要になっているものもある、神聖なる社会のすべての構造を、大胆な総合にまとめあげているからである。<エリアーデ/中村恭子訳『世界宗教史1』p.116-117>
マルドゥクはティアマトの死体を二つに分けて天と地をつくり、アヌは天空、エンリルは地上、エアは地下の水を住処と定めた。つづいて一年の日と月を定める星座をつくり、月を輝かせて夜を司らせた。
マルドゥクは父神エアがもつ力と働き超える神とされ、生と死の支配者、運命を司る神、神と人との仲介者、戦いの神など五〇もの神名をもっていた。マルドゥクは古代バビロニアの最高神となり、その神名は多くの神々の称号としても用いられた。その主要な祭儀は新年に行われ、王はみずからマルドゥクに扮し、神々の戦いを演じた。マルドゥクは、のちにエンリルと一体の神とされ、ベル・マルドゥクとよばれた。<村上重良編『世界宗教事典』講談社学術文庫 p.35-36> ※新年の祭とはアキートゥといわれバビロニア暦正月(現在の3~4月)の初めに行われた。起源はシュメールのウル第3王朝に遡る。
シュメール起源の天の神々の主アヌ(アン)と天地の主エンリル神と知恵の神エンキ(エア)の三神が、エンキの長子のマルドゥクに「神々の主権と地上の支配権」を授与したという物語ができあがり、前2000年紀後半、ハンムラビ王によって最盛期をむかえる古バビロニア(バビロン第一王朝)の時代には、首都バビロンの都市神マルドゥクとされた。バビロンの繁栄とともにメソポタミアの最高神として祭られるようになった。神々の地位の変動には都市の興亡が反映している。<本村凌二『多神教と一神教-古代地中海世界の宗教ドラマ-』2005 岩波新書 p.42-43>
新バビロニア王国においてもマルドゥク神は国家神として儀礼の中心となり、マルドゥク神を讃える天地創造神話『エヌマ・エリシュ』(「上では……とき」の文句から始まるのでこう呼ばれた)が、都バビロンのイシュタル門やジッグラトの前で朗唱された。特に新年の祭には王がマルドゥク神を演じてさまざまな儀礼が執り行われた。
バビロニアの世界創造神話
『エヌマ・エリシュ』といわれる粘土板に記されたバビロニアの世界創造神話にはマルドゥクが最高神になる過程が語られている。(エリアーデ『世界宗教史Ⅰ』p.112~、村上重良『世界宗教事典』p.34~などによる)まず、未分化の水の全体という原初的イメージがあり、そこに最初の対遇神アプスーとティアマトが見分けられる。他の資料ではアプスーは淡水、ティアマトは海とも書かれている。時が経過し天空神アヌが生まれ、アヌが全知神エアを生んだ。これらの若い神々ははしゃぎ回り、大声を出してアプスーを悩ます。休息をかき乱されたアプスーは若い神々を殺そうとするが、機先を制したエアが呪文を唱えてアプスーを縛り、殺してしまった。エアは水の神となり、その妻ダムキナがマルドゥクを生んだ。夫を殺されたティアマトは復讐を誓う。アヌがティアマトを攻撃した後、ティアマトは行動を起こす決心をした。ティアマトは『世界宗教事典』では闇と混沌の女神とされている。
ティアマトは怪物、大蛇、巨大なライオン、怒り狂った悪魔などを作り、最初に生んだ神々の中から「キング」を取り立て、その胸に運命の板をつけ、至高の権力を授けた。これらを見て若い神々は勇気を失ったが、マルドゥクだけは「あらかじめ至高神として承認されることを条件に」ティアマトと戦うことを宣言した。こうしてティアマトとマルドゥクの決闘が始まった。
(引用)ティアマトがマルドゥクを呑み込もうとして口を開くと、マルドゥクは荒れ狂う風を吹き込んで「ティアマトの体を膨らませた。女神の腹は膨れ、口は大きく開いたままであった。マルドゥクは矢を放ち、その矢は女神の腹に穴を開け、内蔵を裂き、心臓を貫通した。こうして女神を押さえこんだのち、マルドゥクはその息の根を止め,死体を地面に放り出し、その上に立った」。・・・彼はそれからキングを捕らえ、彼の運命の板を奪い、それを自分の胸につけた。最後に彼はティアマトのところにもどり、頭骨を打ち砕き、死体を「干し魚のように」二つに切り裂き、半分は空に張り巡らし、残りの半分は地とした。マルドゥクは天に水の宮殿を模した宮殿を築き、星の運行を定めた。・・・さらにマルドゥクは天体宇宙の組織、時間の割ふり、ティアマトの諸器官から地形を作った。目からユーフラテス川とティグリス川が流れ出し、「尾は輪にされて、天と地を結びつけるのに用いられた」。最後に、マルドゥクは「神々に仕えさせ、神々を休息させるために」人間を創ろうと考えた。・・・キングの血管は切り裂かれ、エアはその血で人類を創った。<エリアーデ/中村恭子訳『世界宗教史1』p.112-116 「」はエリアーデが粘土板を引用した文>
参考 エリアーデの解釈
エリアーデはこのマルドゥクによる宇宙創造を、次のように解釈している。『エヌマ・エリシュ』は伝統的神話のテーマを用いながら、どちらかといえば、陰気な宇宙創造論と悲観的な人間論をあらわしている。若き勝利者マルドゥクをたたえるために、原初期の神々、なかでもティアマトは「悪魔的」諸価値を与えられている。・・・宇宙創造は、二群に分かれた神々のあいだの葛藤の結果であるが、ティアマトの陣営は、彼女の創造になる怪物・魔物を含んでいる。言いかえれば、「原初的なるもの」そのものが、「否定的創造物」の源泉として示されている。マルドゥクが天地を形成したのはティアマトの死体からであった。他の伝承にも認められるこのテーマは、さまざまに解釈することができる。始原の女神の身体から創られた宇宙は彼女の実体にあずかっているが、ティアマトの「悪魔化」以後も、その実体が神聖であるといえるであろうか。
それゆえに、宇宙は二重性をもつことになる。すなわち、まったく悪魔的であるとはいえないとしてもすくなくとも両義的な「素質」と、神的な「形式」(形式はマルドゥクによって創られたものだから)をもつのである。・・・要するに、世界は、一方の混沌として悪魔的な「原初性」と、もう一方の、神の創造性・現前性・知恵との「混合」の結果であることがわかる。それはメソポタミアの思索が到達した、もっとも複雑な宇宙創造の定式であろう。というのは、それは、そのうちには不可解または不必要になっているものもある、神聖なる社会のすべての構造を、大胆な総合にまとめあげているからである。<エリアーデ/中村恭子訳『世界宗教史1』p.116-117>
マルドゥク神と新年の祭
村上重良『世界宗教事典』によってマルドゥク神の説明を補足しておこう。マルドゥクはティアマトの死体を二つに分けて天と地をつくり、アヌは天空、エンリルは地上、エアは地下の水を住処と定めた。つづいて一年の日と月を定める星座をつくり、月を輝かせて夜を司らせた。
マルドゥクは父神エアがもつ力と働き超える神とされ、生と死の支配者、運命を司る神、神と人との仲介者、戦いの神など五〇もの神名をもっていた。マルドゥクは古代バビロニアの最高神となり、その神名は多くの神々の称号としても用いられた。その主要な祭儀は新年に行われ、王はみずからマルドゥクに扮し、神々の戦いを演じた。マルドゥクは、のちにエンリルと一体の神とされ、ベル・マルドゥクとよばれた。<村上重良編『世界宗教事典』講談社学術文庫 p.35-36> ※新年の祭とはアキートゥといわれバビロニア暦正月(現在の3~4月)の初めに行われた。起源はシュメールのウル第3王朝に遡る。