アッシリア帝国の公用文字
アッシリア帝国では、楔形文字とアラム文字が公用文字として併用された。
アッシリア帝国での公的記録は、楔形文字で記されるアッカド語と、アラム文字(アルファベットに近い)で記されるアラム語で記録された。
ルーヴル美術館に、前8世紀のティル・バル・シブで出土した壁画が保管されており、その模写図には新アッシリア時代の書記の姿が描かれている。それには、書記は二人一組になり、一人は粘土板をもってアッカド語を記し、もう一人は羊皮紙にアラム語を書いて記録していたことが描かれている。右の書記がもっているのが粘土板と楔形を押しつけるためのペンであり、左の書記のもっているのが羊皮紙と筆である。なお、書記になるのは宦官も多く、ここでは左側の書記が宦官である。このアッシリア帝国の二人の書記の図は<渡辺和子『世界の歴史』1 中央公論社 1998 p.355>に掲載されています。

図版A
2005年 東大 第3問 問2 問(2) 文字の種類や書体と、書写の道具や材料との間には密接な関係がある。図版A(右掲)は紀元前8世紀のアッシリアの壁画に描かれた書記の図で、おのおのの左手に粘土(a)とパピルス(b)を持ち、2つの公用語で記録をとっている。それぞれの材料に記されてた文字の名称を答えなさい。
ルーヴル美術館に、前8世紀のティル・バル・シブで出土した壁画が保管されており、その模写図には新アッシリア時代の書記の姿が描かれている。それには、書記は二人一組になり、一人は粘土板をもってアッカド語を記し、もう一人は羊皮紙にアラム語を書いて記録していたことが描かれている。右の書記がもっているのが粘土板と楔形を押しつけるためのペンであり、左の書記のもっているのが羊皮紙と筆である。なお、書記になるのは宦官も多く、ここでは左側の書記が宦官である。このアッシリア帝国の二人の書記の図は<渡辺和子『世界の歴史』1 中央公論社 1998 p.355>に掲載されています。
出題

図版A
解答
(a) 楔形文字 (b) アラム文字
解説
アッシリアの公用語がアッカド語とアラム語の併用で、それぞれ楔形文字とアラム文字で書かれていたことは、教科書や用語集にも出ていないので(b)は難問。(a)は粘土板に記すのだから楔形文字しか考えられないが、(b)はパピルスに記すとあるので、エジプトの神聖文字(ヒエロティック)が簡略化された民用文字(デモティック)とも考えられる。教学社の赤本(『東大の世界史25年』)の解答もそうなっている。しかし、セム系3民族の一つのアラム人がダマスクスを拠点に西アジアの内陸交易に活躍し、そのアラム文字が前9~8世紀に西アジアに広がったこと、そしてそのアラム人が前8世紀にアッシリアに服属したことを知っていれば、ここはアラム文字の方が正しいことがわかる。ただし、東大入試ではパピルスとされているが、上掲の『世界の歴史』1では左の書記が持っているのは羊皮紙とされている。東大の出題者はパピルスと考えて、アッシリアはエジプトも征服したのだから、民用文字を正解としたのかも知れない。旺文社の全国入試問題正解ではアラム文字が正解となっている。実際にどちらが正解とされたのかは公表されていない。