トウモロコシ
アメリカ大陸原産の栽培植物。16世紀以降、世界各地に広がる。特に中国では清朝中期以降の人口急増期を支えた。
トウモロコシはアメリカ大陸原産の農作物の一つで、中央アメリカでは7000年前(紀元前5000年)頃から栽培が始まった。さらに北米大陸の南西部の乾燥地帯でも、2300年前頃からトウモロコシ栽培が行われようになった。農耕民は日干し煉瓦で集合住宅を造り、土器や織物などの技術を持っていた。収穫したトウモロコシは備蓄用の食物として蓄えられ、北アメリカ・中央アメリカでのメソアメリカ文化、南アメリカ大陸のアンデス文明を発展させる上で重要な食物となった。
トウモロコシ栽培の広がり
大航海時代にヨーロッパにもたらされると、主として地中海岸で栽培されるようになり、さらに北米大陸にもたらされてグレートプレーンズの主要作物となった。さらにトウモロコシは、サツマイモなどと並んでヨーロッパ人によって中国にもたらされ、18世紀の清朝の時代に山地でも栽培可能な新作物として普及し、人口増加をもたらした。清朝中期の人口増加を支える
明後期の中国の人口は約1億であったが、明清交代期の混乱の過ぎた18世紀の清朝中期(乾隆帝の時代)には急激に人口が増加し、清朝末期には約3億に達した。清朝中期の人口増加の時代は、同時に移住と開墾の時代であり、四川盆地や長江流域の山地、東北地方や台湾などに人々が移住し、開墾していった。(引用)一般に、山地の開発を担ったのは、「棚民」といわれる移住者たちである。彼らは「棚」と呼ばれる簡単な小屋がけの住居に住み、森林を伐り倒して畑を作り、麻や藍などの商品作物を栽培した。彼らの食糧となったのは、痩せた山地でよくできるトウモロコシやサツマイモなど、16世紀に新大陸から導入された新作物であった。農業技術の面からいうと、明清時代にはあまり大きな技術革新はなかったにもかからず、急速な人口増加を支えることができたのは、この新作物の導入によるところが大きい。<岸本美緒他『明清と李朝の時代』世界の歴史12 1998 中央公論社 p.401>トウモロコシ、サツマイモの普及による農業生産力の向上は、人口急増と共に、貨幣経済の需要を伸ばし、銀の流通を増大させた。それに対応して清朝政府は、税制の改革を行い、地丁銀制を実施した。トウモロコシの普及はそのような歴史の変化をもたらした背景であった。