アラスカ/アラスカ買収
1741年にベーリング探検隊が上陸してロシア領となる。1867年、アレクサンドル2世の時、アメリカに売却した。19世紀末に金鉱発見。1959年、州となる。
アラスカ GoogleMap
ベーリングのアラスカ到達
アメリカ大陸の西北端に位置するアラスカは、現在はアメリカ合衆国の州であるが、かつてはロシア領であった。ロシアのピョートル1世の命令によってシベリアの奥地を探検し、1728年にベーリング海峡を発見したベーリングが、大帝の死後の二度目の探検で、アリューシャン列島を東に進み、1741年に北米大陸の北西部に上陸した(ただしベーリングは帰途に死去した)。その地にはまだイギリス人もフランス人も到達しておらず、ロシア領アラスカとした。その後、アメリカ合衆国が独立したが、それは東部十三州に限られ、当然アラスカまでには及んでいない。その後、ロシアは1799年にロシア・アメリカ会社を設立し、さらにアメリカ大陸西岸を南下して入植地を拡げようとした。それは、太平洋方面に領土を拡張しつつあったアメリカ合衆国にとって一つの脅威となった。1823年にモンロー大統領はモンロー教書を発して、ヨーロッパ諸国のアメリカ大陸への干渉を排除しようとした背景の一つは、ロシアを含むウィーン体制下のヨーロッパの神聖同盟が新大陸に進出してくることを警戒したことが挙げられる。
アラスカ売却
しかし19世紀中ごろになり、ロシアはクリミア戦争に敗れたアレクサンドル2世は近代化改革に迫られたため財政難に陥り、自国領であったアラスカをアメリカへの売却を申し出た。交渉が成立し、1867年3月30日に売却されたが、その価格はわずかに720万ドルであったという。南北戦争後の国土統一を進めていたアメリカ合衆国(リンカンは暗殺されていたので大統領はジョンソン)にとっては好条件の取り引きとなった。州に昇格
その後、19世紀末から20世紀初頭にかけてアラスカでも金鉱が発見され、ロシアは大いに悔やむこととなった。アラスカではさらに石油・天然ガスなどの豊富な地下資源が発見され、重要度を増していった。さらに冷戦時代には対ソ戦略でも重要な位置にあったため、その自然環境の過酷さから人口は少なかったものの、1959年にアメリカ合衆国の49番目の州に昇格した。Episode アラスカ最高峰の名は?
アラスカ州にある北米大陸最高峰、6190mのマッキンリーは、登頂が困難な山として知られ、1984年に植村直己が冬季単独登頂に初めて成功しながら、帰途に行方不明となった。もともと現地のことばで「偉大なもの」を意味するデナリと呼ばれていたが、1896年にアメリカ合衆国第25代大統領マッキンリーに因んでその名が正式に山岳の名称となった。戦後、地元民の中からデナリに戻そうという声が上がり、2015年8月31日に、オバマ大統領は「デナリ」に改称すると発表した。ところが、第2期の大統領となったドナルド=トランプは2025年1月20日の就任日に、名称をマッキンリー山に戻す大統領令に署名した。共和党の大統領で領土拡張に業績のあるマッキンリーの名を復活させたのだった。 、