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ミドハト憲法

1876年に制定されたオスマン帝国の近代的憲法。議会の開設、オスマン主義の理念などを定めた、アジア最初の憲法であるが、翌年の露土戦争勃発を理由に停止された。

 オスマン帝国の危機が続く中、1876年、オスマン帝国のアブデュル=ハミト2世の時、宰相ミドハト=パシャが起草した、近代的な憲法。
 1839年のアブデュル=メジト1世による、ギュルハネ勅令に始まるタンジマート(恩恵革命)はオスマン帝国の近代化を徐々に進めていたが、1853年のクリミア戦争を機に後半の段階に入った。クリミア戦争ではロシアの南下を食い止めたものの、イギリス・フランスの圧力が強まり、それに抗するためにも近代化を進める必要があった。その期待に応じて、ミドハト=パシャを中心に、ヨーロッパ留学経験のある若手官僚が集められ、憲法の制定準備が進められた。1876年、新スルタンの即位に伴って公布されたこの「オスマン帝国憲法」は、制定の中心になった宰相の名をとって「ミドハト憲法」といわれ、ギュルハネ勅令から始まったタンジマート改革の一連の上からの近代化政策を完成させたものであった。
 この憲法はアジアで最初の憲法であるという意義を有しており、オスマン帝国はこれによって西欧的な立憲君主国となったといえるが、翌年の露土戦争勃発を理由に停止されてしまった。

参考 ミドハト憲法制定を急いだ理由

 当時オスマン帝国は内外共に危機にあった。内政ではクリミア戦争の外債依存がかさみ、財政赤字が続いて1873年には破産し、債務不履行に陥っていた。またバルカン半島ではセルビアとモテネグロの紛争にロシアが介入し、バルカン問題が緊迫していた。
(引用)こうした危機的状況のなか、列強、とくに英仏からの支持を引き出すため、オスマン政府は自分たちが近代国家であることを示す必要性に迫られた。その決め手と考えられたのが憲法制定である。この時代、ロシアもまだ憲法を持っていなかった。憲法制定は、オスマン帝国の文明度と進歩性を示す契機となり、これによって西欧の世論を味方につけることが期待されたのである。<小笠原弘幸『オスマン帝国』2018 中公新書 p.245>
 つまりミドハト憲法は「アジアで最初」を狙ったのではなく「ロシアより早く」を狙って作成を急いだのだった。しかしその狙いは西欧諸国には見抜かれており、イギリスの新聞は「見せかけの憲法」と斬り捨て、グラッドストンは日記でこの憲法を嘲笑している。それを見透かし、ミドハト憲法を「あざ笑うように」ロシアは1877年4月、オスマン帝国領内に侵攻し、露土戦争が始まるのである。<小笠原『同上書』 p.247>

ミドハト憲法の内容

 制定当初は「基本法(カヌーヌ=エサーシー)」と言われ、のちにミドハト憲法と呼ばれるようになった。全文は119条からなり、その主な内容は
  • 帝国の領土は不可分であり、スルタンはカリフの位を兼ね神聖にして不可侵な存在である。
  • 上院、下院の二院制の議会を開設する。上院議員はスルタンが任命し、下院議員は人口5万人ごとに1名の割合で、直接の制限選挙で選出する。
  • 臣民の権利と義務、大臣、官吏、法廷、地方機関などについて定める。
  • 宗教の別なくすべての臣民はオスマン人であり、自由かつ平等である。
  • スルタンは緊急時に戒厳令を布告し、危険と認めた人物は、国外追放にできる。(この第113条はアブドュルハミト2世の要求で加えられた)
POINT  議会の開設、下院選挙の規定などとともに、宗教にかかわりなく(つまりイスラーム教徒でなくとも)オスマン人として自由、平等であるという規定が設けられている。これはオスマン帝国の新しい国家理念としてオスマン主義が採用されたことを示している。<小笠原弘幸『オスマン帝国』2018 中公新書 p.246>

アジア最初の近代的憲法

 1876年(明治9年)に制定されたオスマン帝国の憲法(いわゆるミドハト憲法)はアジア最初の憲法であった。次いで大日本帝国憲法が制定されたのが1889年(明治22年)。イランは1906年の立憲革命でイラン憲法を制定。中国は1912年の臨時約法が最初である。

ミドハト憲法の停止とその後

 しかしスルタンの権限として「国益に反する人物を国外追放にできる」という規定があり、アブデュル=ハミト2世は翌1877年露土戦争が始まるとこの規定を利用してミドハトを国外追放としてしまった。この憲法に基づいて帝国議会は2回開催されたが、露土戦争の敗北によるスルタン批判の強まりを恐れたアブデュルハミト2世は、1878年2月に議会を解散、憲法も停止して反対派を追放し、専制政治に戻ってしまった。その後、1908年(つまり30年後)に青年トルコが蜂起した青年トルコ革命が起きると、アブデュルハミト2世はミドハト憲法の復活を認めた。
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小笠原弘幸
『オスマン帝国』
2018 中公新書