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ウェッブ夫妻

1884年にフェビアン協会の創設にあたったイギリスの社会運動家夫妻。社会保障政策の実現に尽くし、労働党創設にも加わった。

フェビアン協会から労働党へ

 イギリスの社会運動家で、1884年フェビアン協会に参加。夫のシドニーと妻のベアトリスは1892年に結婚、夫妻ともにその理論的指導者となった。彼らは社会主義の立場に立つが、マルクス主義の暴力革命による変革は否定し、言論と議会活動を通じての漸進的な社会主義の実現を目指した。シドニー=ウェッブはその後も労働党の指導者として活動、1918年には新綱領「労働者階級と新社会秩序」を起草し、労働党内閣では商務省や植民相を務めた。
 イギリスではエリザベス時代の救貧法以来の弱者救済の制度があったが、資本主義社会の形成過程で、さらに社会保障としての政策が唱えられるようになった。ウェッブ夫妻は失業救済などの社会保障政策に具体的な提案をおこなった。

19世紀後半の失業対策事業

 19世紀後半、資本主義の矛盾が深化し、帝国主義の段階になると、フェビアン協会の社会主義やマルクス主義が台頭してきた。次第に新救貧法では対応しきれなくなり、失業問題が深刻化してきた。失業者を公共事業で救済しようとして失業対策事業が行われたが、いずれも短期的な雇用に終わり、問題の解決に至らなかった。また労働者は一方で労働組合を結成し、相互扶助のしくみを構築しようとした。ただイギリスでは19世紀までの大英帝国の植民地支配を背景に、さほど深刻な社会対立には至らなかった。

20世紀前半 ウェッブ夫妻の提案

 20世紀に入ると、イギリス経済はアメリカとドイツに押され、後退しはじめた。そのような中で新救貧法の改訂が課題とされるようになり、1905~09年に王立の委員会が検討を加えた。そこには労働者の立場に立つウェッブ夫妻の夫人ベアトリスが委員で参加した。この委員会は結局、多数派の資本家側委員と少数派の労働者側委員の意見は一致せずそれぞれ別個の報告書を作成した。そこでウェッブ夫人は失業を発生させないために具体的な提案を行った。
・公的職業紹介所の創設による雇用の推進と監視の強化。
・ナショナル=ミニマム(国民が最低限度の生活を維持すること)の徹底。
・政府支出による公共事業。
これらは日本のハローワークなど、現在の失業対策事業に大きな影響を与えた。<橘木俊詔『安心の社会保障改革-福祉思想史と経済学で考える』2010 東洋経済新報社 p.21-23>
 → イギリスの社会保障制度

ソ連への傾斜

 ウェブ夫妻は、マルクス主義とは一線を画して議会制民主主義の中で社会主義経済と共同化社会を実現しようと考えていたが、世界恐慌に直面したマクドナルド率いるイギリス労働党は分裂し、挙国一致内閣が生まれるなど、労働党の混迷が続き、現実は理想から次第に離れていった。一方で、新生のソヴィエト社会主義共和国連邦は世界恐慌を尻目に、五カ年計画を推進し、見てめざましい発展を遂げているかに見えた。ウェッブ夫妻は1932年にソ連を訪れ、その「新しい文明」に見聞し、ソ連型計画経済を称賛している。しかし老境に達していた二人は、スターリン体制下の粛清や急激な工業化による農民の犠牲などのソ連の現実を見抜く力は既に無くなっていた。

Episode シドニーとベアトリス

 ビアトリス(ベアトリス)・ポッタ(1858~1943)は豊かな家庭に育ち、学校には行かずに家庭教師から音楽、美術、フランス語、ドイツ語、文学、数学、哲学、経済学などを習った。1883年、25歳の時、46歳の政治家ジョゼフ=チェンバレンの雄弁と美貌に惹かれ愛するようになったが、社会問題に目が向き始めていたビアトリスは、従順な妻として望まれていることに矛盾を感じ、その恋を諦めた。社会調査の助手をしながら貧民問題や労働問題に取り組むようになったビアトリスは、1890年、1歳下の社会主義者シドニーと会う。彼について彼女の日記は正直である。
(引用)すごい小男で、頭でっかち、百科事典みたいな博識を詰めておくにふさわしい広い額。黒いコートは着古して光っている。ユダヤ鼻、コクニ発音。・・・But I like the man. 話しは率直、心は広い。想像力と心の温かさに限界がない。同席のだれよりも頭の回転が速いのに、威ばらない。<近藤和彦『イギリス史10講』2013 岩波新書 p.241に引用>
翌日の日記には「わたしは社会主義者になった。それも大衆の生活条件を改善したいからではなくて、生産手段の共同所有によってのみ、完璧な個人の発達が望めると信じるから。・・・」と書いている。そして2年後、「ヒキガエル」と結婚した。しかし、「わたしは彼の頭脳とだけ結婚するんだわ」と記し、子供は作らないと決めた。そのかわり50年の間に二人の共著を38冊も公にした。
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橘木俊詔
『安心の社会保障改革-福祉思想史と経済学で考える』
2010 東洋経済新報社