ベニート＝フアレス　ファレスではなくフアレス(Juàrez)なので注意。メキシコ南部のオアハカ州でインディオ（先住民）サポテカ人の血をひくメスティーソとして生まれる。幼くして両親を失い羊飼いをしながら修道院の学校に学んだ。地元の科学芸術学院でスペイン語を習得し、法律で身を立てて州議会の議員に選ばれ、さらに大統領サンタ＝アナから州知事に任命された。そのころアメリカ＝メキシコ戦争が勃発、大統領の領土割譲を批判したフアレスは任を解かれ、アメリカに追放される。そこからサンタ＝アナ独裁との戦いが始まり、１８５５年にサンタ＝アナ政権が倒れると法務大臣として政権に加わり、１８５７年にメキシコで初めての民主主義的憲法であるメキシコ共和国憲法の制定に尽力した。

レフォルマ戦争で共和派を指導

　しかし、フアレスら自由主義改革を進めようとする改革派と、伝統（カトリック教会を指す）と秩序（地主支配を意味する）の維持を主張する保守派の対立が激しくなり、ついにレフォルマ戦争（１８５５～６１年）という内乱に突入する。長期にわたる内戦を戦いながら、フアレスの改革派が勝利を占め、教会財産の没収など急進的な改革を開始した。

ナポレオン３世のメキシコ出兵と戦う

　メキシコが内戦状態となり、アメリカ合衆国が南北戦争のために介入できない状態を見たフランスのナポレオン３世がメキシコへの介入を開始、１８６１年にメキシコ出兵を実行し、フアレスは今度はフランス軍との戦いを余儀なくされ、さらにナポレオン３世によって樹立されたマクシミリアン皇帝の皇帝軍との間でもメキシコ内乱を戦い続けた。ようやく６７年に干渉軍に勝利し、フアレスは正式に大統領となる。

フアレス政権

　１８６７年７月首都に凱旋したフアレスは大統領選挙を実施して正式に大統領となったが、そのとき対立候補であったディアスは、フアレス陣営が不当な選挙干渉が行われたとして両者の対立が激しくなった。フアレスは民主主義憲法の生みの親であったが、獲得した権力の維持にあたっては非民主的な手段をとるようになった。

(引用)フアレスは、１８５７年憲法発布から１０年にわたり、ときには憲法をはためかし、ときには憲法が定める範囲外で、つまり、広範囲にわたる特別権限を有し、権利保障の停止を宣言して政権を維持してきた。憲法を頑固に擁護したとはいえ、彼には憲法は決して不可侵ではなかった。最大の問題は議会と政府の対立を調停することで、……議会への過度の権限付与は是正しなければならないと常に考えていた。……１８６７以降も、彼の判断では国の情勢はまだ大統領の特別権限措置と権利保障停止の実行を必要としていた。フアレスは憲法を表向きには擁護しているようで実際には憲法なしで統治を続けていたのである。＜大垣貴志郎『物語メキシコの歴史』2008　中公新書　p.168＞

　ある著者はフアレスの政治を「民主的独裁者」と評したという。１８７１年の大統領選挙でも、かつては同じ改革派であったディアスが立候補し「公正選挙、再選反対」の単純なスローガンを掲げ、憲法擁護を掲げた軍人もフアレスに反旗をひるがえした。しかしディアスの武装蜂起は政府軍によって鎮圧された。ディアスがフアレス政権打倒のため再起を目指そうと準備を開始した１８７２年７月１８日、ベニート＝フアレスは狭心症で死んだ。ディアスは臨時大統領となったテハダをクーデタで追いやり、実権を握る。そして、ディアスはフアレスの二倍以上も大統領の座に居続け、ほんとうの独裁政治となった。＜大垣『同上書』　p.166,172＞

「建国の父」フアレス

　フアレスの生涯はメキシコの真の独立を目指す戦いの連続であったといえる。ラテンアメリカ諸国独立の最初の動きはクリオーリョによって担われていたが、１９世紀後半のフアレスはインディオの血を引くメスティーソの出身であったことが重要であり、この世代によってラテンアメリカの民族的な真の独立が達成され、同時に議会政治や言論、信仰の自由が実現した（民主政治は不十分であったが）ということが出来る。最後には長期政権にありがちな独裁的傾向がみられたが、次のディアスの独裁には比較にならない。
　フアレスは現在でも「建国の父」と尊敬を集め、アメリカとの国境リオグランデ川をはさんでエルパソの対岸にある、フランスの干渉軍と戦った彼が避難して共和国を守った町は彼の名を冠してシウダ＝フアレスと名づけられ、またメキシコシティの国際空港は彼を記念してベニト＝フアレス国際空港と名づけられている。