ヴィルヘルム２世の３Ｂ政策を具体化したものが、バクダード鉄道の建設だった。バルカン半島ではすでに１８８８年にオーストリアとスイスの資本によってウィーンからイスタンブルまでのオリエント急行が開通していた。その鉄道を小アジアのコンヤを起点にバグダードを通り、ペルシア湾まで延伸するバクダード鉄道の建設計画を提案したのはドイツ人鉄道技師のプレッセルで、資金はドイツ帝国銀行が提供することとなった。その建設計画は１８９８年１２月にオスマン帝国皇帝との仮協約も結ばれたが、資金不足で事業は進まず、オスマン帝国皇帝は事業促進をヴィルヘルム２世に訴えたたのだった。

バクダード鉄道の開設

　 　１８９９年１１月、ドイツ銀行財団はオスマン帝国政府からバグダードを経てペルシア湾頭のバスラに至る鉄道の敷設権を与えられ、さらに１９０３年３月５日には、オスマン帝国政府とドイツの正式な協約に基づき、バグダード鉄道会社を設立した。これに対してイギリスは、ドイツの「東方進出」として警戒し、インド総督カーゾンはバスラ南方のクウェートの部族長に対し、イギリスの承諾なしにいかなる国際協定も結ばないことを取り決めた。

(引用)バグダード鉄道が完成すると、ドイツの勢力が陸路でペルシア湾に到達することになる。これは、インドから南アフリカにいたるイギリスの三Ｃ政策に対する「ドイツの楔（くさび）」となることを意味し、イギリスにとって、海軍力では防ぎようのない方法でインドの安全を脅かされることになると同時に、ロシアのバルカン、近東への南下政策とも対決することになる。そこで、ドイツの三Ｂ政策はイギリスとロシアの利害をかえって一致させ、やがて両国は接近して１９０７年の英露協商への道がひらかれることになるのである。＜義井博『ヴィルヘルム２世と第一次世界大戦』2018　清水書院　p.49-51＞

１９０３～４年の帝国主義諸国の対立

　１９０３年から始まったバグダード鉄道の建設は、帝国主義列強が鉄道敷設を勢力拡大の有力な手段として利用しようとしたことが典型的に現れている。同じ１９０３年７月１日にはロシアは東清鉄道を完成させ、東アジア進出を可能にし、その結果として翌年、日露戦争が勃発する。
　ドイツはバグダード鉄道の建設を開始した翌１９０５年に、第１次モロッコ事件でフランスのモロッコ進出を阻止しようとしたが、すでに１９０４年には英仏協商を締結していたイギリスがフランス支持に回ったこともあって失敗した。

イギリスとの妥協

　日露戦争後、ロシアは目標を再びバルカン方面に転じたので、焦点はバルカン問題に移った。１９０８年、オーストリア＝ハンガリー帝国がボスニア・ヘルツェゴヴィナ併合を強行、ゲルマン系国家とスラブ系民族の対立に火がつき、さらに１９１２年の第１次バルカン戦争、翌年の第２次バルカン戦争となってバルカン半島はヨーロッパの火薬庫と言われる状態となった。
第一次世界大戦の勃発　この間、イギリスはドイツに対して執拗にバグダード鉄道の建設に反対を続けた。ドイツはバルカンでの情勢の悪化をにらみながら、ついにバグダード鉄道建設ではイギリスとの妥協を図ることに転換した。１９１４年６月下旬、ドイツは妥協に踏み切り、すでにトルコのコンヤからバグダードまでの路線がほぼ完成したのをみとどけ、バグダードからペルシャ湾岸のバスラまでの敷設権を放棄した。こうしてドイツがバグダード鉄道完成を前にして工事を中断することでイギリスとの協議だ成立した直後、１９１４年６月２８日にサライェヴォ事件が勃発し、翌月第一次世界大戦が始まった。こうしてドイツのバグダード鉄道建設は未完に終わった。