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米軍のアフガニスタン侵攻/アフガニスタン戦争

同時多発テロの首謀者アル=カーイダのビン=ラーディンを、アフガニスタンが匿っているとして、2001年10月、アメリカのブッシュ大統領が空爆と地上軍を投入を命令して始まった、アメリカ・有志連合対アフガニスタンのターリバーン政権の戦争した。同年末までにターリバーン政権は首都カーブルを放棄、米軍に支援される新政府が樹立された。有利連合の軍事行動としては2014年に終わったが、米軍はその後も駐留、ターリバーンとの衝突も続いているが、20年にわたった2021年9月に撤退が予定されいる。

 2001年10月7日に開始された、アメリカ合衆国・イギリス軍などの有志連合による軍事行動で、アフガニスタンターリバーン政権が国際テロ組織アル=カーイダを匿っているとしてその壊滅をめざした。米軍を中心とした空爆と地上軍の投入により、ターリバーン政権の首都カーブルを攻撃、同年12月7日に首都を制圧したが、米軍はアル=カーイダの首謀者と目されたビン=ラーディンの捕捉には失敗した。

9.11同時多発テロへの反撃

 2001年9月11日9.11同時多発テロが起きるとアメリカ合衆国のブッシュ大統領は直ちにビン=ラーディンらアル=カーイダの犯行と断定し、その引き渡しをアフガニスタンのターリバーン政権に要求した。ターリバーン政権の拒否を見越して武力行使を準備、周辺国への根回しを開始した。また国連安全保障理事会、NATO、EUなども次々とテロへの非難決議を採択し、ロシア・中国を含む60ヵ国以上がアメリカ合衆国を支持する声明を発した。一方でブッシュ大統領は、この戦いはイスラーム教徒を相手にする十字軍の戦い「クルセード」と表明し、世界各地のイスラーム教徒の反発が起きたため発言を取り消したが、イスラーム圏では反米暴動が各地で起きた。

アフガニスタンへの空爆

 2001年10月7日、アメリカ・イギリス軍(有志連合)はインド洋の艦船から戦闘爆撃機による攻撃を開始、また潜水艦から巡航ミサイルを発射して、カーブルのターリバーン政権中枢やアル=カーイダの訓練所などの空爆を開始した。この空爆でアフガンに投下された爆弾は、第二次世界大戦中、1941年から42年のロンドン大空襲でドイツ軍が投下した爆弾の半分に相当する1万トンに達した。空爆に加えて、武器や砲弾の援助を受けた反ターリバーンの「北部同盟」が攻勢に出て、マザリシャリフ、ヘラート、首都カーブルを制圧した。アメリカ・イギリス地上部隊は最後のターリバーンの本拠カンダハール攻略に参加した。こうして戦闘2ヶ月でターリバーン政権は崩壊した。<渡辺光一『アフガニスタン』 2003 岩波新書 p.202-204>
 → 現在のアフガニスタン  冷戦後のアメリカの外交政策

アフガニスタン戦争

 アフガニスタンではその後、アメリカ軍の支援のもとで戦う「北部同盟」は、もともとはターリバーンの主体であるパシュトゥーン人以外のアフガン人であるタジク人やウズベキ人の部族長が寄り集まった軍閥集団で、かつてのソ連軍の侵攻の際には、パシュトゥーン人もその他の部族もゲリラ兵として協力して戦った仲間だった。
 アメリカ軍に支援された北部同盟は、2001年末までにターリバーン政権を首都カーブルから追い出し、権力を奪回した。これによってアフガニスタン人同士だけで戦う「アフガニスタン内戦」から、アメリカ軍・政府軍対ターリバーンという構図の「アフガニスタン戦争」に転化したと言える。また、アメリカ兵に助けられている政府軍よりもターリバーン兵(最も彼らもパキスタンやサウジアラビアの支援を受けていたと言われているが)を味方と感じる者が多く、ターリバーンの勢力はじりじりと回復していった。2003年のイラク戦争勃発によって世界の関心はアフガニスタンから離れていったこともあり、日本もふくめた世界の多くが知らないまま、アフガニスタンではターリバーンが国土の約半分を支配するほどになっている。2009年に登場したオバマ政権も米軍の撤退には踏み切れず、状況の悪化からかえって増派すると声明した。しかし、再選時にはアフガニスタンからの段階的撤退を公約、2014年12月にはNATOが主導する国連治安支援部隊(ISAF)が公式に任務を終了した。
米軍最長の戦争 しかし、そのかわりに「確固たる支援任務」と証する部隊を駐留させ、政府軍の支援と指導に当たることになった。NATO主導とは言え、実態はアメリカ軍で、なおも1万3000人の米兵が駐留する。ところが、トランプ大統領は、アメリカの負担を減らすこと、アメリカ兵を長期駐留から撤退させることを掲げて大統領選に当選、2020年3月にターリバーンとの講和を成立させて撤退を具体化させると表明したが、実行されない間終わった。
 このようにアメリカ軍はアフガニスタンからの撤退を先延ばしにするうちに、2001年から2020年まで20年経過し、今までのアメリカの関わった戦争で最も長かったベトナム戦争(一般的に1955年~1975年とされる)とほぼ同じ最長の戦争となってしまい、2021年を迎えたため、ついに「最長の戦争」となった。

NewS 終わるか、最長の戦争

 2021年4月14日、アメリカのバイデン大統領はホワイトハウスで演説し、アフガニスタン駐留米軍を同時多発テロから20年となる9月11日までに完全撤退させると正式に発表した。演説はトリーティールームと呼ばれる2001年10月にブッシュ大統領がアフガニスタンへの攻撃開始を宣言した際にも使った部屋だ。バイデン大統領はアフガニスタンへの駐留はアルカイダ指導者のビンラディンを殺害したものの、4代の大統領がかかわり、多額の費用と2千人以上の米兵の命を落とた、責任を5人目に引き継ぐことは出来ないと決意を語った。これは無条件の完全撤退であるという。同日、NATOもブリンケン米国務長官などの同席した記者会見で、アメリカと歩調を合わせて撤退を表明、トランプ前大統領の時に冷え切った関係を修復したことを示した。またオーストラリア政府も駐留豪兵を撤退させることを発表した。
 アフガニスタンのガニ大統領は同日、バイデン大統領の決断を尊重すると述べた。大統領は「米軍が去ればアフガニスタンは半年ともたない」と駐留継続を求めていたが、撤退の流れは止まらなかった。米国が撤退する9月までにタリバーンとの停戦合意を結び、権力を分け合う体制を作れるかが焦点となる。しかし国土の半分を実効支配しているタリバーンはトランプ前大統領が撤退の約束を守らなかったと反発しており、政府機関への攻撃を続けている。<朝日新聞 2021/4/16 国際面ほか>
 この「最長の戦争」となったアフガニスタン戦争が9月までに本当に終わるのか、懸念は続いており、今後が注目される。  
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