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弾劾裁判

古代ギリシアのアテネで見られた民主政治の一手段。

アテネ民主政のもとで、民会において公職者を裁く裁判制度。エイサンゲリアとよぶ。アルコンや将軍、評議員などの公職に選ばれた人々に対して、その職務遂行にあたり、不当な行為、汚職、反民主的行為、利敵行為の疑いがあった場合、市民の訴えを受けて弾劾裁判にかけられた。この制度は、陶片追放とともにアテネ民主政において僭主政(独裁者)の出現を防止する重要な役割を担っており、しばしば厳しい判決が出されている。例えば、マラトンの戦いの勝利を指導したミルティアデスは戦後に僭主になろうとした疑いをもたれ、有罪となって処刑された。またあのペリクレスも、公金流用の疑いで政敵から訴えられたことがある。この弾劾裁判の制度は、前4世紀のいわゆるポリス民主政の衰退期も継続され、「違法提案に対する公訴」が行われるようになり、「民会といえども違法な決議をすることはできない」という法律を優先させる法治主義の原理が生まれている。<橋場弦『丘のうえの民主政』-古代アテネの実験 1997 東大出版会 p.119~ p.153~>