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ウェールズ

大ブリテン島の西部地方で、かつては独立した地方政権であったが、イングランドに事実用併合され、現在はイギリスの一部となっている。

 大ブリテン島の西部地方。アングロ=サクソン人の侵入以前からブリテン島に居住していたケルト人の一派ブリトゥン人住民が独自の言語と文化をもって存在していた。彼らは、5世紀ごろからアングロ=サクソン人に圧迫され、島の西部や北部に追いやられていった。そのうち島の西端に追いやられた人々は、アングロ=サクソンの言葉で「ウェアルフ」(異邦人)と呼ばれことから、「ウェールズ」の呼び名が生まれた。彼らは7~8世紀の間にアングロ=サクソンとは異なる文化圏を形成し、グウィネズなどの小部族王国に分立し、抗争を繰り返した。<君塚直隆『物語イギリスの歴史(上)』2012 中公新書 p.11>

イングランドによる征服

 イングランド王国のプランタジネット朝エドワード1世は、大ブリテン島の統一支配をねらって、1282年にウェールズに侵入したが、激しい抵抗を受け、結局は長男をプリンス・オブ・ウェールズに任命することを認めさせた。これ以後、イギリスの皇太子はプリンス・オブ・ウェールズと呼ばれるようになる。ついで1536年、ヘンリ8世の時にイングランド王国に併合されてしまった。
 現在も独自のケルト的な文化の伝統を保っており、政治的にも分離独立の要求も強い。1999年には住民投票の結果、独自の地方議会が設置されることとなった。
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ノートの参照
5章3節 ク.百年戦争とバラ戦争