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皇帝党/ギベリン

中世イタリアで神聖ローマ皇帝を支持する勢力でギベリンといわれた。ローマ教皇を支持する教皇党(ゲルフ)と対立した。

 12世紀ごろからイタリアで激しくなった、神聖ローマ皇帝ローマ教皇の抗争で、神聖ローマ皇帝を支持する勢力をギベリンという。ギベリンは、神聖ローマ皇帝シュタウフェン家の居城ヴァイブリンゲンに由来し、イタリアで皇帝派を意味するようになった。大都市に対抗する中小都市(ピサなど)や、農村部の封建諸侯(貴族)は強力な皇帝による統治を期待して皇帝党(ギベリン)の勢力を形成し、ローマ教皇を支持する教皇党(ゲルフ)と激しく争った。
 両者の対立は、都市間にもあり、また都市の内部でも、新興市民層はゲルフ、保守的な大商人層はギベリンに別れる傾向があった。イタリアでは1268年にシュタウフェン朝がフランスのアンジュー家(シャルル=ダンジュー)によって滅ぼされてから皇帝党は衰退するが、対立はなおも14、15世紀のルネサンス時代にも尾を引き、イタリアの分裂の一因となった。
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ノートの参照
第6章3節 コ.ドイツ・スイス・イタリア・北欧