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アシエント

スペイン国王が与えた奴隷供給契約のこと。スペイン継承戦争の際にフランスに与えられたが、戦後のユトレヒト条約でフランスからイギリスに譲渡された。これによってイギリス商人は大西洋の黒人奴隷貿易に乗り出すこととなった。

 アシエント asiento とは、スペイン国王が、アフリカの黒人を黒人奴隷としてアメリカ大陸のスペイン領に送ることを認めた「奴隷供給契約」。最初は、1517年に、カルロス1世が、フランドル人に与え、その後ジェノヴァ商人がその権利を買い取った。それによると、年間4000人の黒人をアメリカ大陸に送ることができた。さらにスペイン王室は1595年には新大陸の自国領への奴隷貿易に関し、従来の許可制に代わって独占的請負制を導入した。スペイン王室は契約料と税を得たが、請け負った商人はアフリカ西岸から黒人奴隷を西インドに運び、西インドの砂糖をヨーロッパにもたらした。16世紀中に西インドでインディオ人口が減少し、黒人奴隷の需要が多くなったので、大西洋奴隷貿易は大きな利益を生み、各国はアシエントの獲得を目指して熾烈な競争をするようになった。

フランスからイギリスの手へ

 アフリカからの黒人奴隷の供給は、長くポルトガル商人行っていたが、ポルトガルは17世紀に急速に衰え、代わってオランダが台頭し、オランダ商人がアシエント(新大陸への黒人奴隷供給契約)を獲得して大西洋黒人奴隷貿易を展開した。1701年にスペイン王位を継承したフランス・ブルボン朝のフェリペ5世はフランスの貿易会社にアシエントを与えた。これにオランダやイギリスが反発したことから、スペイン継承戦争が起こったが、その結果、有利な戦いを進めたイギリスが、講和条約の1713年のユトレヒト条約で、フランスからアシエントの権利を譲渡された。これによってイギリスは黒人奴隷貿易に乗り出し大きな利益をあげた。次第にスペイン領植民地への奴隷供給よりは、イギリスの北アメリカの自国領土への供給が重要さを増していって、いわゆる大西洋三角貿易を展開するようになる。
注意 スペインの中南米植民地における大農園経営を意味するアシエンダ hacienda とは異なることに注意。また、似ているものに、アジェンダ Agenda があるが、これは最近よく耳にするようになったが「会議の議題」とか「行動計画」といった意味の普通名詞。もうひとつ、アジェンデ Allende は、もとのチリ大統領。
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ノートの参照
8章1節 イ.アメリカ大陸の征服