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コシモ=ディ=メディチ

15世紀、ルネサンス時代、フィレンツェのメディチ家の当主。

 コシモの父、ジョバンニ=ディ=メディチは、フィレンツェにおけるメディチ家の政治的基盤を作った人であった。ジョバンニはメディチ銀行を設立して大成功し、自ら莫大な財力を蓄えたが、「正義の旗手」に選ばれると、資本家から7%の資本税をとることを決め、下層市民から大きな支持を受けた。
 1428年、そのが後を継いだ子のコシモは、新興のメディチ家に反発した旧勢力によって一時フィレンツェを追われたが、市民はコシモの復帰を望み、わずか1年後の1434年に帰国し、以後は市民の支持を受けて揺るぎない権力を持つに至った。彼は重要な役職には就かなかくとも絶大な民衆の支持を背景に隠然たる力を発揮し、「イル=ヴェッキオ」(古老の意味)と呼ばれ、大きな富を文芸、芸術の保護にあてて、ルネサンスの代表的な保護者(パトロネージ)となった。生活は質素で、私生活もきちんとしていた。
 彼の保護を受けた芸術科は、彫刻家のドナテルロ、ギベルティ、画家のボッティチェリ、フラ=アンジェリコ、哲学者のピコ=デラ=ミランドラ、フィチーノなど枚挙にいとまがない。またギリシア語の文献を収集し、そのラテン語訳をフィチーノに命じ、プラトン思想の研究のため「プラトン=アカデミー」を創設した。これらは孫のロレンツォにも引き継がれ、ルネサンスの思想のまさに中心となっていく。1464年没。死後も「祖国の父」と称えられた。
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8章2節 イ.ルネサンスの本質