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ジョホール王国

16世紀、マラッカ王国のスルタンがマレー半島南端に移って建国したイスラーム教港市国家。その一部がシンガポールとなる。

 1511年、ポルトガルによってマラッカを占領された後、マラッカ王国のスルタンがマレー半島南端に移動して建設した王国でイスラーム教国の港市国家。17世紀を通じてマラッカのポルトガル勢力、スマトラ北端のアチェ王国と抗争し、1718年に一旦消滅した。その後、セレヴェスを拠点に海上貿易や海賊活動を展開していたブギ人がオランダと対抗するために、マレー半島の先にあるビンタン島のリオウにジョホール王国のスルタンを再興し、リオウ=ジョホール王国(ジョホール=リオウ王国)とも言われる。かつてのマラッカ王国の繁栄は失われたが、それでもマラッカ海峡の中継貿易で活動し、スルタンはマラヤ世界の象徴としての権威を持ち、オランダの勢力と対抗していた。しかし政治の実権はマラッカ王国以来の最高司令官の家柄であるトゥムンゴン家とブギ人から出される副王に握られており、スルタンの宗族をめぐって内紛が生じ、オランダとイギリスの介入を許した。

シンガポールの割譲

 内紛の中でスルタンはイギリスのラッフルズの強制により、1819年、シンガポール島へのイギリス商館建設を認めるに至った。その後、リオウ=ジョホール王国は分裂状態が続き、実権も失う。1824年のイギリス=オランダ協定により、リオウ=ジョホール王国はジョホール、シンガポールとリオウ、リンガ諸島に分割され、前者はイギリス、後者はオランダの勢力圏とされた。ジョホールのスルタンはその後も名目的に存続し、1957年のマラヤ連邦成立によって正式に消滅し、現在はマレーシアのジョホール州となっている。