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マレーシア連邦

1963年、マラヤ連邦とシンガポールなどが連邦国家を結成した。

 1963年、マラヤ連邦シンガポールボルネオの二州(サラワクとサバ)で構成することとなった新たな連合国家。いずれも旧イギリス領であったところ。首都はマレー半島の西側のクアラルンプール。

マレー人と中国系の対立

マレー半島の本来の住民であったのはマレー人であったが、東南アジアという中国とインドに挟まれた地域で、それらとの交易も昔から活発だったので、マレーシア連邦を校正した民族派マレー人以外にも中国系(華僑)とインド系(印僑)も多かった。特にシンガポールは資本を握る華僑の力が強く、たびたびマレー人と衝突、建国間もない1965年に、シンガポールは分離独立することとなった。
 マレーシア連邦成立後もイギリス軍の駐留が続いていたが、1968年にイギリスのウィルソン内閣が、スエズ以東からの撤兵を表明、それに従って1971年までに撤退し、マレーシアは名実ともに自立した。
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ノートの参照
第16章1節 エ.南アジア・アラブ世界の自立