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朝鮮の独立

日清戦争で敗れた清が、朝鮮に対する宗主権を放棄し、朝鮮が独立した。

朝鮮王朝(李朝)は独立した王国であったが、1637年に服属して以来、清朝を宗主国としてその宗主権を認め、その影響下にあった。日清戦争後の下関条約において、清は朝鮮が独立国であることを認め、宗主権を放棄した。
 これによって朝鮮は法的な独立国家となったが、今度はロシアと日本の介入が強まり、その両派の争いは、1895年の閔妃暗殺事件などの悲劇を生んだ。これは朝鮮宮廷内でロシアを結んで実権を握った王妃である閔妃を日本公使が暗殺団を送って宮中で殺害するという、朝鮮の主権を脅かす事件であったが、かえって日本は立場を悪くし、親ロシア派が台頭した。その間、1897年には、清と対等な独立国であることを示すために、国号を大韓帝国(その略称が韓国)と改めた。
 その後、中国で起こった義和団事変などを機にロシアの東アジア進出はより顕著になり、ついに日露戦争に発展するが、韓国は戦中および戦後の三次にわたる日韓協約によって日本の保護国とされ、さらに1910年の日本の韓国併合によっていったん消滅することとなる。
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ノートの参照
第13章3節 エ.東アジア国際秩序の再編