印刷 | 通常画面に戻る |

カルカッタ大会四綱領

1906年、国民会議派がカルカッタ大会で採択したインド独立運動の四つの綱領。その後のインド民族運動の指針となった。

前年にイギリスのインド総督カーゾンが出したベンガル分割令に激しく反発した国民会議派が、1906年にカルカッタ(現コルカタ)で開催した大会で決定した4綱領。
  1. 英貨排斥はイギリス商品(主として綿布)を購買しないこと。
  2. スワデーシは国産品を買うようにしようということ。
  3. スワラージのスワは「自己」、ラージは「統制」を意味し、「自治」の獲得を求めたもの。
  4. 民族教育は、イギリスの教育制度の押し付けはインド人の精神の奴隷化を意味するとし、「民族的統御の下、民族的方針に従い、国の利益に即した」教育を求めたもの。
 これらの採択に呼応して、実際にイギリス商品を扱う店先で青年、学生がピケを張り外国商品を焼き捨てるなどの反英闘争が急進化した。
 国民会議派でこの採択に尽力したのは、ラージパット=ラーイ(人々からはラール=バール=パールと言われた)やティラク(人々からロカマーニャと言われた)らの急進派であった。急進派の台頭を恐れたイギリスは、穏健派の抱き込みを図り、翌年にインド統治法の改正を提案した。穏健派がそれを受け入れて運動を停止しようとしたため急進派は国民会議派を脱退し、分裂した。さらにイギリスは急進派弾圧に動き、ティラクを逮捕して投獄、ラージパット=ラーイはアメリカと日本に亡命した。
印 刷
印刷画面へ
ノートの参照
第14章3節 オ.インドでの民族運動の形成