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ジュネーヴ4巨頭会談

1955年、第二次大戦後初の米ソ英仏首脳による国際首脳会談。具体的成果はなかったが、平和共存へ一歩となった。

 1955年7月、スイスのジュネーヴで開催された、第二次世界大戦後最初のアメリカ・ソ連・イギリス・フランスの4ヵ国巨頭会談で、具体的な成果はなかったが東西冷戦の中での平和共存をさぐる一歩となった。アメリカからアイゼンハウアー大統領とダレス国務長官、ソ連からブルガーニン首相とフルシチョフ共産党第一書記、それにモロトフ外相、イギリスからイーデン首相とマクミラン外相、フランスからはフォール首相とピネー外相が出席した。
 欧州最大の懸案であったベルリン問題などで話し合い、ドイツに関しては自由選挙による統一国家の樹立では合意したが、ソ連は東ドイツの国家体制の維持を主張して具体案には至らなかったが、「ジュネーヴ精神」と言われる平和共存路線が理念を共有することが確認されたことは大きな成果であった。しかし、翌1956年、ハンガリー動乱をソ連が軍事介入して鎮圧したことなどから、再び緊張が高まり、米ソは再び核兵器開発を進めることとなった。

ジュネーブ4巨頭会談の背景

 第二次世界大戦後最初の4大国首脳会談となったジュネーブ会談は、その年4月にインドネシアのバンドンで、アジア・アフリカ会議(バンドン会議)が開催されたことが背景にあった。これは米ソ二大国の対立という国際政治の枠組みに対して、旧植民地が次々と独立し、第三世界として異議申し立てを行い、結束したことを意味している。アメリカもソ連もその動きを無視することが出来ず、平和共存に踏み込まざるを得なくなった。アジアアフリカの第三勢力が、米ソを平和共存に向かわせたと言える。
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ノートの参照
第16章2節 イ.雪解けと平和共存