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ジュネーヴ

スイスの都市。1536年にカルヴァンが宗教改革を行った。第一次世界大戦後は国際連盟本部が置かれ、数々の国際会議の開催地となった。

 アルプス山脈中のレマン湖の西、スイスの最も西の端にある都市で宗教改革の一つの拠点となった。1536年にカルヴァンがやってきて、1541年から市政を掌握し、厳格な神権政治が行われ、カルヴァン派の中心都市となった。ジュネーヴは、「プロテスタントのローマ」とも言われている。
 文化的にはフランス語圏に含まれており、1789年のフランス革命時にはフランスに編入されたが、1815年にウィーン議定書でスイス連邦が永世中立に加盟した。1864年にはジュネーヴ出身のデュナンが提唱し、国際赤十字の本社が設立された。帝国主義諸国の利害対立が激しくなると、永世中立国であるスイスは列強が交渉する地として重用され、第一次世界大戦後に設立された国際連盟の本部がジュネーヴに置かれることとなった。国際連盟本部以外にも国際労働機関(ILO)の本部などが置かれ、国際的な都市となった。国際連盟のもとでも数度にわたるジュネーヴ軍縮会議が開催された。
 第二次世界大戦後の国際連合は本部がニューヨークに移されたが、ジュネーヴにはなお多くの国際機関が残されている。また、冷戦中にも、1954年の朝鮮戦争・インドシナ戦争の解決を図るジュネーヴ会議、翌年の戦後初の四巨頭会談であるジュネーブ4巨頭会談など、国際政治の舞台となっている。
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ノートの参照
8章3節 イ.カルヴァンと宗教改革の広がり