ノルマン朝
1066年、ノルマンディ公ウィリアムのイングランド征服によって成立した王朝。イングランドとノルマンディにまたがる王国を支配、強大な国王権力を有したが、内紛から短期に終わった。
1066年、ノルマンディー公ウィリアムの「ノルマン=コンクェスト」によって成立したイングランド王国王朝。フランスやドイツの中世の王権に比べ、征服王朝として諸侯に対して強大であったことが特徴。またノルマン朝の領土はフランスのノルマンディーとドーヴァー海峡を夾んだイングランドに及んでいた。ノルマン朝のイギリス王は同時にフランス国王の家臣としてのノルマンディー公の立場でもあった。また、このときウィリアムと一緒にイギリスに渡ったノルマン人の貴族たちによってイギリスにラテン語文化がもたらされ、アングロ=サクソン文化と融合することとなった。この時期のイングランドを、「アングロ=ノルマン王国」と言う場合もある。 → イギリス(2)
ノルマン朝イギリスの要点
1066年~1154年のイギリスを支配したノルマン朝は次のような特徴を持っていた。- 相対的に強大な王権のもとでの封建制 一般に中世封建国家の王権は有力な領主の一人として存在するだけで、近代国家のような集権的な領域支配は確立していなかった。しかしノルマン朝のウィリアム1世は征服者としてこの地を支配したため、フランスやドイツの国王に比べて強力で集権的な王権を有していた。彼は征服地をノルマン人貴族に分配し、また忠誠を誓ったアングロ=サクソン人貴族の土地は一旦は国王に奉納させた上で改めて封土として与えるという形をとった。また、国内のすべての領主(貴族)に対し忠誠を誓わせ、全国の土地台帳(
ドゥムスディ=ブック )を作成し国土を掌握しようとした。 - ノルマンディーと一体の国 ノルマン朝はイングランドともにフランス国内のノルマンディーを依然として領有していた。つまりイギリス国王でありながら、ノルマンディー公としてはフランス国王の家臣であるという存在であった。文化的にもフランス・ノルマン人・アングロ=サクソン人の文化が重層的に融合した。この時代のイギリスでは宮廷のノルマン人たちはフランス語を使い、民衆は英語を使うという併用状態で、英語にも多くのフランス語語彙が入り込むこととなった(次のプランタジネット朝でも同じ)。
ノルマン朝の分裂
初代ウィリアム1世が1087年に亡くなるとノルマン朝は広大な領土をめぐって、いったん分裂することとなる。ウィリアムの長男ロベールがノルマンディ公国を、弟のウィリアム2世がイングランドを継承したからである。ウィリアム2世はその赤ら顔から「赤顔王」と渾名され、粗野な暴君だったが、1100年に狩のさなかに流れ矢にあたって事故死――暗殺の疑いもある――してしまう。すると、末弟のヘンリがイングランド王位を勝手に継いでヘンリ1世を名乗ると、長兄のロベールはそれを認めず、ノルマンディとイングランドの統一を主張し、両者は戦端を開く。戦いはヘンリ1世の勝利となり、ノルマン朝の統一が回復された。 ヘンリ1世は、王子がドーヴァー海峡で遭難死したため、神聖ローマ皇帝ハインリヒ5世に嫁ぎながら、夫に先立たれていた娘マティルダを後継者に指名した。そしてマティルダの再婚相手に選ばれたのが、フランスのアンジュー伯ジョフリ=プランタジネットで、その間にアンリが生まれた。ノルマン朝末期の内戦
1135年にヘンリ1世が死去すると、マティルダの女王即位に反対する貴族たちは、甥のスティーヴンをかついで挙兵し、ノルマン朝はマティルダ派とスティーヴン派に分かれた内戦に突入する。内戦が長期化する中、マティルダの息子アンジュー伯アンリとスティーヴンは協約を結びスティーヴンの死後にアンリが即位することで妥協が成立した。1154年にアンジュー伯アンリはヘンリ2世としてイングランド王に即位し、内戦は収束し、プランタジネット朝が成立する。この時期のイングランドを舞台とした歴史小説に、ケン=フォレットの『大聖堂』がある(ゴシック様式の項を参照)。Episode 修道士カドフェルの活躍
12世紀中ごろのイングランドを舞台に、修道士カドフェルが難事件の解決にあたるのが、イギリスの推理作家エリス・ピータースのシリーズ。日本でも隠れたファンが多く、それを原作としたTVシリーズはときどきケーブルテレビのミステリーチャンネルでとりあげられる。特に第2巻の『死体が多すぎる』は、スティーヴン王とマティルダ(作中はモード)の争いをとりあげていて面白い。もちろんフィクションの推理小説だが、意外と時代背景を正確に述べていて、中世イングランドの雰囲気を知るにはもってこいの読み物になっている。なお、主人公の修道士カドフェルは、若い頃は十字軍に参加した騎士で、遁世して修道士となり、修道院の中で薬草の育成にあたっているという設定になっている。<エリス・ピータース/大出健訳『死体が多すぎる』修道士カドフェル・シリーズ2 光文社文庫>