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フッガー家

ドイツのアウクスブルクを拠点とした豪商。銀鉱山を支配、金融業も営み、15世紀にハプスブルク家を支えたが、16世紀の大航海時代で始まった商業革命によって17世紀に衰退した。

 15世紀、南ドイツのバイエルン地方にあるアウクスブルクで繁栄した豪商。ヤコブ=フッガー(初代1412~69)が、ヴェネツィアとの香辛料や木綿、麻織物などの交易で財を築き、近くのチロル銀山の経営権を独占してを保有、さらにハンガリーなどの銅山の経営も行った。
 フッガー家第2代ヤコブ=フッガー2世(1459~1525)は、その資金を基に金融業にのりだし、神聖ローマ帝国のマクシミリアン1世や、カール5世(スペイン王カルロス1世)、さらにローマ教皇庁などにも多大な融資を行った。いわゆる商業高利貸資本の典型である。この時代の南ドイツの商業の繁栄を「フッガー時代」ともいう。時代は宗教改革期にあたっており、その提供する資金が新旧両派の抗争にも用いられることとなった。

今も続くフッガー家の社会事業 フッゲライ

フッゲライ

フッゲライの一角 Wikimedia Commons

 現在のアウクスブルクには、世界最古の現存する社会住宅団地といわれている「フッゲライ」(Fuggerei フッガーライとも表記)が今も残されており、市内に67戸の住宅と142戸のアパート、そして独自の教会などから成り立っている。このフッゲライはヤコプ=フッガー2世が1521年に兄弟の名義で市に寄贈したものである。
 驚くことに現在も困窮するアウクスブルク市民約150人が、年間0.88ユーロの家賃で入居している。条件はカトリック信者であることと1日3回の祈りだけである。戦争やペストの流行で中断したことはあったが、現在は昔通りに再建され、4つの博物館には歴史的なアパートメントと第二次世界大戦の地下壕の展示が観光施設となっており、入場料を支払って訪れることができるという。 → フッガー財団ホームページ
 ヤコウ=フッガー2世は1525年に亡くなったので、2025年は死後500年にあたっていた。このアウクスブルクのフッゲライも500年前に始まっていたことになる。日本の社会福祉事業の歴史とはかなりの違いがある。

商業革命で後退

 しかし16世紀に大航海時代が始まり、商業の中心が地中海のヴェネツィアやジェノヴァから大西洋岸のリスボンアントワープに移るいわゆる商業革命が起こると、カール5世のマゼラン船団への資金貸し付けなどもおこなったが、次第に没落せざるを得なかった。とくに融資先であった神聖ローマ帝国の財政破綻は、フッガー家の没落を決定づけた。同じく南ドイツの有力な商人にヴェルザー家がある。こちらは高利貸資本よりも遠隔地貿易に積極的にのりだしリスボンに進出したが、やはり16世紀末には没落した。
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