アウクスブルク
ドイツのバイエルン地方の鉱工業都市。中世にはフッガー家が銀鉱山を支配し繁栄した。1555年、新旧両派による宗教和議がこの地で結ばれた。
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フッガー家の繁栄
15世紀末にフッガー家がこの地に興り、大きな富を築いた。フッガー家が独占したアウクスブルク産の銀は、15世紀末から16世紀の大航海時代の重商主義を支えたと言われている。フッガー家はアウクスブル産の銀をもとに、ヨーロッパに通商網を築き、巨大な富を蓄積して金融業に進出し、時の神聖ローマ皇帝マクシミリアン1世やカール5世に融資していたことで知られる。この時期は宗教改革の時代にあたっており、アウクスブルクは旧教・新教の対立の象徴となる都市であった。1555年に、この地でキリスト教の旧教と新教の両派によるアウクスブルクの和議が結ばれたことは、そのような背景があった。Episode 世界最古の公共賃貸住宅
16世紀後半以降は新大陸の銀が大量にヨーロッパにもたらされるようになって、経済の中心が大西洋岸に移り、新大陸との交易で利益を蓄えた新たな貿易商が出現したことによって、さしものフッガー家も相対的に衰退していった。しかし、フッガー家はその後もアウクスブルクの名家として存続している。1521年にフッガー家のヤコプ=フッガー2世が寄付したという低所得者用の賃貸住宅フッゲライ(フッガーライ)は驚くべきことに、何度もの危機で中断したことはあるが、500年後の現在も続いており、今もフッガー財団によって運営されているという。つまり、フッゲライは“世界最古の公共賃貸住宅”として今も続いている。 → フッガー家参照。
空爆による破壊
アウクスブルクは、ヒトラーのナチが台頭以前にミュンヘン一揆を起こし、その後もナチスの根拠地の一つとなったミュンヘンに近いので、ナチス関係の軍需工場が作られた。潜水艦Uボートの関連工場、ドイツ空軍の主力戦闘機メッサーシュミットの製造工場などがあったため、第二次世界大戦ではイギリス・アメリカの連合軍空軍の激しい空爆を受けた。そのため、市庁舎など古い街並みは殆ど破壊された。しかし、戦後の市民の努力により瓦礫をつなぎあわせて再建され、市庁舎も戦前と違わぬ重厚な姿を復活させている。フッゲライも再建され、博物館には第二次世界大戦中の地下壕も保存されているという。