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江沢民

1990年代の中国の政治指導者。上海市長として実績を上げ、1989年の第2次天安門事件の際に総書記に抜擢された。鄧小平路線を継承し、首相朱鎔基とともに社会主義市場経済を掲げ、急速な経済頴娃町を実現。1997年には香港返還を実現させた。

上海市長から党総書記に

 江沢民(こうたくみん)1926- は鄧小平の後継者となった現代中華人民共和国の政治家。40年代半ば上海交通大学を卒業し、50年代半ばにモスクワの自動車工場に留学し、帰国後一貫して技術者としての道を歩んできた。鄧小平の進めた改革開放政策期の1985年に上海市長に、間もなく同市党書記に就任し、1989年第2次天安門事件趙紫陽総書記が失脚した際、次の党総書記に選出された。経済の改革開放を推進しながら、政治安定のため毅然として民主化を鎮圧できる人物として期待されたと言える。

社会主義市場経済の導入

 江沢民は、1991年4月「中国のもっとも重要なことは経済を活性化し、総合国力を向上させることである。経済力がなければ国際的には地位を保てない」と力説し、再び経済開放路線を宣言した。1992年10月の共産党第14回全国大会では「社会主義市場経済」の積極的な導入が謳われ、指導体制としては江沢民総書記を核心とする、「第三世代指導集団」の形成が目指され、朱鎔基・胡錦涛ら若手が抜擢された。経済部門では1993から94年のバブル経済を中央マクロコントロールを強めて辣腕ぶりを発揮した副首相の朱鎔基の評価が急速に強まった。江沢民を中心としたポスト鄧小平体制が形成されるなか、1997年2月に鄧小平が死去し、江沢民時代とさえいわれるようになった。
 1997年7月1日には香港返還が実現し、さらに2001年には中国のWTO加盟を実現させた。2003年に朱鎔基とともに退陣し、胡錦涛にバトンタッチしたが、江沢民は依然として強い影響力を持っているという。<天児慧『中華人民共和国史』1999 岩波新書 などによるまとめ>
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