印刷 | 通常画面に戻る |

奴隷制度(古代ギリシア)

古代ギリシアのポリス民主政を支えた社会体制。

古代ギリシアのポリス社会の平均的な市民は2~3名の家内奴隷を所有し、また手工業の仕事場や、鉱山では、集団で労働させる場合もあった。特に有名なのは、アテネの郊外のラウレイオン銀山の奴隷労働である。しかし、後のローマ帝国の大土地所有(ラティフンディア)のような、大規模な奴隷制度は無かった。奴隷は戦争での捕虜や、商品として外地から輸入され、貨幣経済の発展に伴って債務の返済ができずに奴隷となった場合もあった。奴隷も主人によって解放され場合があり、解放されると在留外人(メトイコイ)同じ扱いとなり、自由にはなるが、市民権は認められなかった。スパルタではアテネよりも奴隷制が発達し、ヘイロータイという奴隷身分が存在した。 → ローマの奴隷

アリストテレスの奴隷制度肯定論

 古代ギリシアにおいては、奴隷の存在は特に疑問視されることはなく、アリストテレスもその著『政治学』で、ポリス市民が完全な人間であり、奴隷は支配されるように生まれついた不完全な人間であるから、市民が奴隷を所有することは当然のこととしている。またそのような奴隷を獲得する戦争は、狩猟で獣を捕らえるのと同じ自然な行為だ、と言っている。
印 刷
印刷画面へ
ノートの参照
第1章2節 エ.市民と奴隷