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ラオコーン

ラオコーン
ラオコーン

紀元1世紀前半のヘレニズム期とされる大理石像。ローマのヴァチカン蔵。ルネサンス彫刻にも強い影響を与えた。

 リアルでダイナミック、迫力のある表現の大理石彫刻で、ヘレニズム美術の代表作とされている。高さが242cm、ローマのヴァチカン宮殿の所蔵となっているラオコーンの群像は、1506年1月14日に、ローマのネロ帝の宮殿跡の葡萄畠から発掘された。この発見は大きな注目を集め、当時30歳を超えたばかりのミケランジェロはただちにその発掘現場におもむき、「芸術の奇蹟」と感嘆し、ローマの古典古代の美術作品として、ルネサンス芸術に強い影響を与えた。

オリジナルのラオコーン

 ラオコーンにはロードス島の彫刻家アゲサンドロス、アテノドロス、ポリュドロスの三名の名前が彫られていたが、その正確な年代はわかっていなかった。ドイツの美学者レッシング(1729-81)は『ラオコーン』(1766)を著し、美術と文学の両面から論じ、これをローマ帝政期の作品とした。それに対して美術史家ヴィンケルマンは、古典期ギリシアの作品を模倣したものだと考えた。このように実際の製造年代についてはギリシア文化説とローマ文化説があったが、第二次世界大戦後に様式研究が進んだ結果、紀元前1世紀のヘレニズム時代の作品とされるようになった。ところが、1957年、ラティウム地方の海岸道路の工事現場からティベリウス帝の離宮が発見され、さらに1981年にはバイーアで地下水道工事現場からクラウディウス帝の離宮から多くの大理石立像と石膏型が発掘されたことにより、ラオコーンのオリジナルは、紀元1世紀の最初の4半世紀であり、現在ヴァチカンに残るものは、元のギリシアのブロンズ像をコピーしたものであることが判明した。<プラウゼ/森川俊夫訳『異説歴史事典』1991 紀伊國屋書店 p.107-108>

ギリシア神話のラオコーン

 ラオコーンはホメロスの『イーリアス』などで物語られているギリシア神話のトロイア戦争の話を題材としている。ギリシアの王国連合軍がトロイアを攻め、攻めきれないとみるや和睦を申し入れ、贈り物として木馬を城門の中にいれて引き上げた。その時、トロイアのアポロン神殿の神官ラオコーンはそれを信じず、木馬の胴体に槍を突き立てた。中から武器が触れあう音がしたが、ラオコーンの警告は受けいれられなかった。そのあと、ラオコーンが海の神ポセイドンに雄牛を生け贄に捧げようとしたところ、海の中から二匹の大蛇が現れ、ラオコーンと二人の息子を絞め殺すと、アテネ女神像の足下の楯に隠れてしまった。トロイアの人々は、ラオコーンが木馬に槍を投げつけたことに対する神々の怒りによって罰せられたと言い合った。しかし、ラオコーンが警告したように木馬の中に潜んでいたギリシア兵が躍り出て、トロイアは滅ぼされてしまった。ラオコーンと二人の息子の死はトロイア滅亡の前兆だったのである。
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ノートの参照
1章2節 コ.ギリシアの生活と文化