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ピュロス

前3世紀のギリシア、エペイロス王国の王。

ピュロスは、アレクサンドロス帝国が解体した後のギリシアで、マケドニアの西のアドリア海一帯を支配したエペイロス王国(エピロスとも表記)の王。野心家でギリシアの統一、さらにイタリア遠征を考えていた。
ピュロス戦争 前280~275年 ローマの南下におびやかされたイタリア半島南端のギリシア人植民都市タレントゥム(タラント)が本国のエペイロス王ピュロスに援軍を依頼、ピュロスはイタリア半島に進出し、何度かローマ軍を破ったが、決定的な勝利を得ることが出来ず、結局撤退した。結局前272年にはタレントゥムがローマに降伏、前270年までに、南イタリアのギリシア系植民市(マグナ・グラエキア)はすべてローマに服属し、ローマの半島統一戦争は終わった。ついでローマの勢力はシチリア島に伸び、カルタゴと対立することとなる。

Episode ピュロスの勝利

 ピュロス戦争の時、タレントゥムはギリシアのマケドニアにあったエペイロス王国の王ピュロスに援軍を要請した。ピュロスは象部隊を含む大軍を派遣してローマ軍を破ったが、タレントゥム救出はできなかった。このことから、「大きな犠牲を払っても引き合わない勝利」のことを”ピュロスの勝利”という。 
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ノートの参照
第1章3節 イ.地中海征服とその影響