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漢字

中国に生まれ、秦始皇帝時代に字体の統一が図られ、周辺世界に広がった文字体系。

 象形文字からはじまり、「指示」「会意」「形声」など要素を加えながら発達した漢字は、現在の形になるまでに書体は大きな変遷をとげている。簡単にまとめると次のようになる。 → 文字
 殷の甲骨文字 → 殷周の金文青銅器に彫られたもの) → 春秋戦国の多様化 → 秦の大篆 → 秦の始皇帝による統一(小篆) → その簡略体が隷書(毛筆の発達による漢代に流行) → 後漢~三国時代の楷書行書 → 現在の漢字(現代中国では繁体字という) → 中華人民共和国の文字改革(1956年、1964年)で簡体字を制定

漢字から派生した文字

また、漢字は周辺諸民族にも伝えられ、使用されてきた。さらに周辺諸地域では漢字をもとにして独自の文字がつくられた。主な周辺諸民族がつくった文字には次のようなものがある。
 ・契丹文字  ・西夏文字  ・女真文字  ・ベトナムの字喃(チュノム)  ・日本の仮名文字、ひらがな

漢字と中国文化・漢字文化圏

 最も古い文字とされるエジプトのヒエログリフや、シュメールの楔形文字が成立したのは紀元前31世紀ごろとされているが、漢字の成立はそれよりもかなり新しく、資料で確かめうるその時期は、大体紀元前14世紀の頃と考えられている。その後、中国の文化はめざましい発展をとげたが、その文化の中心をなすものは、つねに文字であった。「中国の文化は、ある意味では文字の文化であったといわれる。漢字の持つ諸特質が、その文化に濃厚な彩をそえている。漢字をはなれて、中国の文化を考えることはできないといえるのである。そしてそれは、中国の文化ばかりでなく、周辺の諸民族にも及んだ。そこには漢字文化圏ともいうべき、一つの文化圏が形成されている。」<白川静『漢字』岩波新書 1970 p.4>

漢字が生き残った理由

「古代の先進的な文化地帯には、ヒエログリフや楔形文字をはじめ、多くの文字が生まれた。それらはいずれも、象形文字であった。しかしこれらの象形文字は、比較的早い時期に、相次いで滅んでいった。ただ漢字だけが、いまもなお不死鳥のように生き残っていて、その巨大にして旺盛な生命力は、容易に枯渇を見せようとしない。」<同上p.4> それでは、漢字が生き残った理由はどのように考えられるだろうか。白川博士の説明は次のようなものである。
(引用)古代の象形文字である漢字が、今も生きつづけている理由として、大体二つのことが考えられよう。一つは、この民族の歴史と文化に断絶がなく、かれらがかつて文化的敗北を受けたことがないということである。二には、その言葉を表記する方法として、これに代わりうる適当なものがないということである。エジプトの古代文字が、容易にアルファベットにその地位を譲りえたのは、その言語表記の上に、音標化による致命的な困難をともなうことがなかったからであろう。しかし漢字は、単音節語を用いる中国人にとっては、最も適合した表記法であり、アルファベット化は、その言葉の性質からみて、非常な困難を伴う。その上、この国の尨大な古典的遺産は、そのような表記法の変更によって、断絶の危険にさらされるであろう。この二つの理由は、わが国の場合にもある程度妥当する。その点では、われわれもまた漢字を用いる民族として、中国と共通の課題をになっているのである。<白川静『漢字』岩波新書 1970 p.7>
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第2章3節 ウ.殷と周
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白川静『漢字』岩波新書 1970