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張騫

漢の武帝が匈奴を挟撃するため西方の大月氏に派遣した使者。

ちょうけん。前漢の武帝の命令で、匈奴を挟撃するため、大月氏国に派遣された。大月氏国は中央アジアのアム川上流のソグディアナやバクトリアにあった。張騫は武帝の即位間もない前139年ごろに第1回の遠征に出発したらしい(出発の記録はない)。張騫は途中匈奴に捕らえられ10年あまりを過ごし、武帝の匈奴攻撃がはじまった混乱に乗じて脱出し、さらに西方に向かい、大宛(フェルガナ)を経て大月氏国に到達した。大月氏は匈奴に追われて西遷したのであったが、張騫の説得に応じず、同盟は成らなかった。張騫は帰途再び匈奴に捕らえられたが脱出し、前126年に帰国した。続いて前115年、今度は中央アジアの烏孫への使節として第2回の遠征を行った。今回は烏孫との同盟を締結するのに成功し、帰国後の前114年に死去した。張騫の遠征によって、大月氏や大宛、烏孫などの実体が報告され、西方との交易の道が開かれ、武帝は本格的な西域経営に乗り出すこととなる。
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ノートの参照
第2章3節 キ.漢代の政治