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班超

後漢の武将。西域都護として採訪経営にあたった。

班固(『漢書』の著作者)の弟。匈奴の討伐に活躍して、91年に後漢の和帝から西域都護に任じられ、西域経営に当たる。30年以上西域に留まり、匈奴と戦って西域諸国50ヵ国以上を後漢に帰属させた。また、部下の甘英を大秦国(ローマ帝国を意味するとされる)に派遣し、甘英は安息国パルティア)をへて条支国(シリアか)に至り、地中海まで到達したとされる。

Episode 虎穴に入らずんば虎児を得ず

 班超の成功のきっかけとなったのは、西域諸国の一つ?善(ぜんぜん)に派遣されたときのことである。そのとき匈奴の使者もやってきて鉢合わせとなった。匈奴の使者は総勢百人を超え、班超の部下は36人に過ぎなかったが、班超は部下を激励して匈奴の使者の宿舎を焼き払い全滅させた。震え上がった?善の王は後漢に忠誠を誓い、以来、班超の勇名は西域全土に広がったという。このとき班超が部下を激励した言葉が「虎穴に入らずんば虎児を得ず」であった。<井波律子『奇人と異才の中国史』岩波新書 2005 p.27>
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第2章3節 ケ.秦・漢帝国と世界
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井波律子『奇人と異才の中国史』岩波新書 2005