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カールの戴冠

800年、ローマ教皇からフランク王国カールがローマ皇帝の冠を戴いたこと。

800年の、フランク王国国王のカール(1世)が、ローマ教皇(レオ3世)から「ローマ帝国皇帝」の帝冠を与えられた。これによって古代の西ローマ帝国の皇帝の称号が復活し、カールはキリスト教世界の保護者として位置づけられることとなった。この歴史的な出来事を「カールの戴冠」と言っている。

カールの戴冠の経緯とその後

 ローマ=カトリック教会の教皇レオ3世の要請で、大軍を率いてローマに来ていたフランク国王カールは、800年のクリスマスを祝うためサン=ピエトロ大聖堂におもむいたところ、思いがけず、レオ3世が突然祭壇にひざまずいているカールに近づき、皇帝の冠を彼の頭上においた。教会にいた群衆は、いっせいにカールの戴冠を祝った。このようにカールの戴冠はハプニングとして演出されていたが、ローマ教皇としてビザンツ帝国と一体であるギリシア正教会(=東方教会、コンスタンティノープル教会)と対抗するためには必要なことであった。

カールの戴冠の背景とビザンツ帝国

 726年の聖像禁止令以来、東西教会の対立は深刻になっていた。ローマ教会が「カールの戴冠」を強行したのはビザンツ帝国・東方教会との対立しているという背景があった。事実、ゲルマン人の一派での王が、ローマ帝国皇帝を名乗ることに対しては、ローマ皇帝の継承者としてのビザンツ皇帝としては認めるわけにはいかないことであった。そこで、カールはビザンツ領ヴェネチアに圧力を加えるなどの手を打ちながら交渉し、812年にようやく、ビザンツ皇帝の了解を取りつけ、西ヨーロッパ地域の皇帝権を揺るぎないものとした。

カールの戴冠の歴史的意義

 1.西ヨーロッパの政治的安定。フランク王国がビザンツ帝国に対抗する政治勢力として成立した。
 2.西ヨーロッパ文化圏の成立。古典古代・キリスト教・ゲルマン人からなる文化圏が成立した。
 3.ローマ=カトリック教会の成立。ローマ教会がビザンツ皇帝から独立し、東方教会と対抗できる地位を獲得した。
さらに総合すれば、カールの戴冠によって「西ヨーロッパ世界」が成立したと言える。
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ノートの参照
第6章1節 オ.カール大帝