印刷 | 通常画面に戻る |

ロココ美術

18世紀のフランスの宮廷を中心に展開された、繊細優美な美術様式。

 おおよそ18世紀前半にあたるが、厳密には1710年代から60年代までの、特にフランス美術に見られる様式をロココ様式というが、現在ではこの時期の文化全体を「ロココ的な文化」などと称する。その画期となったのは、1715年の太陽王ルイ14世の死去であり、それとともにバロック美術といわれる建築・庭園・美術などでの絶対王権を賛美するような豪壮華麗な文化に対する反動として、繊細で優美な表現を特徴とする新しい様式が、次のルイ15世の宮廷で起こってきた。ロココとは、バロック庭園の人工洞窟に付された貝殻などをはめこんだ装飾であるロカイユに由来しており、19世紀の新古典主義の時代にルイ15世時代の軟弱な文化という蔑称として使われ始めたが、現代では繊細優美だけではなく、軽妙洒脱さ、自由奔放さ、親しみやすい日常性と感覚性という新しさが評価されている。<高階秀爾『カラー版西洋美術史』1990 美術出版社 p.114->

建築

 ロココ様式の建築は、後期バロック様式と密接に関係しながらフランスに多くの作例があるが、むしろ同時代のドイツやオーストリアで発展した。その代表的なものが、プロイセンのフリードリヒ2世がベルリン郊外のポツダムに建造したサンスーシ宮殿である。またオーストリアのウィーンにハプスブルク家の宮殿として建造されたシェーンブルン宮殿は外見はバロック様式であるが内部の装飾はロココ様式をふんだんに採り入れている。

絵画

 ロココ様式の美術もフランスで発展した。その代表的作家がワトーで『愛の島の巡礼』(シテール島への旅路)などで、神話的な題材ながら自然の中での若人たちの宴を描いた。その作風はブーシェ、さらにフラゴナールに継承され、後のロマン派への橋渡しとなっていく。また肖像画に優れたド=ラトゥールは、ルイ15世の愛人ポンパドゥール夫人の肖像画をパステル画で残している。

繊細優美

 一般に、ロココ美術の美術の特質を表現した言葉が「繊細優美」である。繊細優美とは、どのようなものなのだろうか。ステファン=ツヴァイクはマリー・アントワネットを「ロココの王妃」と言っている。その説明を見てみよう。
(引用)マリー・アントワネットはその時代精神を承認することによってまさに、18世紀の典型的な代表者になたのである。古代文化を盛りそだて、こよなく優美に開花したロココ、繊細、怠惰な手、遊びほうけ、甘やかされた精神の世紀であるロココは、衰退のまえにひとつの姿をとってわらわれようとしたのである。いかなる王、いかなる男性も、歴史絵巻のなかのこの女性の世紀を代表することはできなかったろう、一女性の、一王妃の姿にのみ、この世紀は具象的に反映し得たのであって、マリー・アントワネットがこのロココ王妃の典型であったのだ。のんきなことこのうえなく、浪費にかけては足もとに及ぶものとてなく、優雅、嬌艶な女王のうちでもぬきんでて優雅であり意識的に優雅であり、嬌艶であった彼女は18世紀の礼節と芸術的生活様式とを自分自身のいついに記録として明瞭にしかも忘れがたい形で表現したのである。・・・<ステファン=ツヴァイク『マリー・アントワネットⅠ』1932 全集13 藤本敦雄/森川俊夫訳 みすず書房 p.158>
印 刷
印刷画面へ
ノートの参照
9章3節 ウ.宮廷文化
書籍案内

S.ツヴァイク/中野京子訳『マリー・アントワネット』上 角川文庫