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ティルジット条約

1807年、フランスのナポレオンが、プロイセン・ロシアと締結した条約。プロイセンの領土を大幅に削ってウェストファリア王国・ワルシャワ大公国が作られ、ナポレオンの大陸支配が成立した。

 1806年のイエナの戦いで勝利したフランスのナポレオン1世が、敗戦国プロイセン、ロシアとの間で締結した条約。「ティルジットの和約」ともいう。1807年7月7日に対ロシア、9日対プロイセンとの間で締結された。プロイセンはフリードリヒ=ウィルヘルム3世、ロシアはアレクサンドル1世が署名した。ティルジットはリトアニア人の居住地であるが、当時はプロイセンとロシアの国境であったネマン川左岸の小都市で、第2次世界大戦末期にソ連領となってソヴィエツクと改称、現在もロシア飛地のカリーニングラード州に属している。

ナポレオンの大陸支配の成立

この条約の領土面でのポイントは次の三点。
 1.プロイセン領のエルベ川左岸を割いてウェストファリア王国をつくり、ナポレオンの弟ジェロームを国王とすること。
 2.プロイセン領ポーランドはワルシャワ大公国とし、ザクセン王が支配すること。
 3.ダンツィヒ(ポーランドの主要港)は自由市とすること。
他に、ロシアは大陸封鎖令に従うことを約束させられ、プロイセンは賠償金の支払いとエルベ以西をフランスに占領されるという大きな譲歩を強いられた。また、ジェローム以外にもナポレオンの兄ジョゼフのナポリ王、弟ルイのオランダ王、が承認された。この条約によってナポレオンは大陸支配を完成させたということができる。
 プロイセンはこの条約を「ティルジットの屈辱」と呼んで、再建のための国内改革(プロイセン改革)を開始することとなる。
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ノートの参照
第11章3節 オ.ナポレオンの大陸支配