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アラスカ/アラスカ買収

1867年、ロシアのアレクサンドル2世の時、アメリカに売却。

 アメリカ大陸の西北端に位置するアラスカは、すでにロシアのピョートル1世の死後の1741年に、ベーリングが大陸間の海峡を横断して到達し、ロシア領となった。
 その後、ロシアはアメリカ大陸西岸を南下し、太平洋方面に領土を拡張しつつあったアメリカ合衆国にとって一つの脅威となり、1823年にモンロー大統領はモンロー教書を発して、ヨーロッパ諸国のアメリカ大陸への干渉を排除しようとした。
 しかしその後、1867年にロシアのアレクサンドル2世は、財政難から自国領であったアラスカをアメリカに売却した。その価格はわずかに720万ドルであったという。その直後にアラスカでも金鉱が発見され、ロシアは大いに悔やむこととなった。アラスカではさらに石油・天然ガスなどの豊富な地下資源が発見され、重要度を増し、1959年にアメリカ合衆国の49番目の州に昇格した。冷戦時代には対ソ戦略でも重要な位置にあった。
 アラスカ州にある北米大陸最高峰のマッキンリーは、第25代大統領となったマッキンリーに因む名であるが、2015年8月31日に、アラスカ先住民の呼称である「偉大なもの」を意味する「デナリ」に改称された。