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淮軍/淮勇

わいぐん、わいゆう。郷勇の一つで李鴻章が組織し、太平天国の乱の鎮圧に活躍した。

 清朝末期の郷勇の一つ。1862年、太平天国鎮圧のために、漢人官僚の李鴻章が、郷里の淮南地方で、曾国藩の湘勇(湘軍)に倣って編成した。上海に進出しようとした太平天国軍を破り、さらに捻軍を討伐し、続いての陝西のイスラーム教徒の乱の平定にも当たった。
 李鴻章が直隷総督・北洋大臣となったため、ともに首都北京に入り、清朝最有力の軍事勢力として北洋軍の中核となった。近代的な装備を持つようになったが、李鴻章の私兵集団という性格が強く、近代的な意味の国民軍ではなかった。
 そのため、日清戦争ではたやすく日本軍に敗れ、ほぼ崩壊した。李鴻章の部下であった袁世凱は、軍隊の近代化に乗りだし、新建陸軍(新軍)を組織することになる。
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ノートの参照
第13章3節 ウ.国内動乱と近代化の始動