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湘軍/湘勇

しょうぐん、しょうゆう。太平天国の乱を鎮圧するために曽国藩が組織した郷勇の一つ。

 太平天国軍を鎮圧する目的で、1852年、湖南省湘郷県出身の曽国藩が、長沙で組織した義勇軍。湖南の別名にちなんで湘勇といわれ、その通称が湘軍であった。これは清朝の正規軍とは異なる、漢民族を主体とした義勇軍で、一定の地域出身者で組織されるので郷勇といわれ、他に曽国藩の部下の李鴻章が組織した淮勇(淮軍)がある。
 曽国藩は清朝の役人であったが、儒者としても高名であり、太平天国が儒教を妄説として避難し、孔子像を破壊していることにつよい憤りを抱いていたが、清朝政府から太平軍を討つための義勇兵の組織を命じられ、彼を師と仰ぐ故郷の儒生を集め、彼らを中核として村々の農民を徴募した。兵士たちは指揮官に私的な忠誠を誓い、指揮官が死ねば部隊は解散することを原則としていた。また、湘勇は地主層である郷紳の支持を受けて豊富な軍資金を持ち、規律も良かったので、正規軍に代わり、まもなく太平軍との戦闘の主力となった。 <小島晋治『洪秀全と太平天国』初版1987 岩波現代文庫版 2001刊 p.189>
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ノートの参照
第13章3節 ウ.国内動乱と近代化の始動