印刷 | 通常画面に戻る |

光復会

清朝末期の1904年に上海で結成された、清朝の打倒を目指す革命派団体。中国同盟会に合流した。

浙江派ともいわれる浙江省出身者が多く、会長ははじめ蔡元培、1910年から章炳麟が会長となった。章炳麟はインド独立運動の影響を受け、欧米の圧迫に対するアジア民族の抵抗を主張した。女性革命家として有名な秋瑾(しゅうきん。官僚の家に生まれ、富豪の妻となったが離婚し、単身日本に留学、婦人参政権運動に参加し、帰国してから1907年に武装蜂起を計画し、失敗して処刑された。)や、若き日の魯迅も光復会会員であった。
 1905年、章炳麟らは東京に亡命中の孫文黄興らとともに、革命運動の統一を図り、興中会華興会と合同して中国最初の本格的政党である中国同盟会を結成した。
印 刷
印刷画面へ
ノートの参照
第14章3節 エ.辛亥革命