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ヒンデンブルク

第一次世界大戦で活躍したドイツの将軍。大戦後の1925~34年、ドイツ共和国大統領。ヴァイマル憲法下で大統領権限を行使し、1933年、ヒトラーを首相に任命した。

 ヒンデンブルク大統領はドイツ帝国の軍人で、第一次世界大戦のタンネンベルクでロシア軍を破った英雄であり、右翼から支持されていた。また軍部に強い影響力を持ち、ドイツの敗戦についても「背後からの一刺し」で敗れたにすぎないと言うのが持論であった。

「背後からの一刺し」の主張

 「背後からの一刺し」とは、第一次世界大戦においてドイツ軍は敵軍の国内侵入を許しておらず、まだ戦えたのに敗北したのは、ドイツ国内の社会主義者や共産主義者が革命騒ぎを起こしたためである、という見方であり、従って戦争責任をドイツが認め、莫大な賠償金を背負わされたヴェルサイユ条約は間違っているというい信念となる。このような人物が大統領に当選したことによってドイツのファシズムへの傾斜は準備されたことになる。→ ヴァイマル憲法の大統領制

Episode “君はどう思う元帥”

 パウル=フォン=ベネッケンドルフ=ウント=ヒンデンブルクという長い姓名を持つ、東プロイセンのポズナニ(現ポーランド)のドイツ騎士団を祖先とするユンカー出身で、軍人として普墺戦争、普仏戦争に従軍、陸軍中将で退役していた。第一次世界大戦でドイツ軍が東部戦線でロシア軍に敗れ、東プロイセンを放棄しなければならないかもしれないという危機に当たり、参謀本部のモルトケはヒンデンブルクに急きょ東部戦線司令官として復任を命じた。ヒンデンブルクは参謀長のルーデンドルフとみごとにその危機を乗り切り、名声を高め、二人はドイツ帝国を統御する名コンビとなった。「後年陸軍元帥に昇進したとき、ヒンデンブルクは“君はどう思う元帥”とあだ名された。それは何か意見を聞かれると、きまってルーデンドルフを振り返り“君はどう思う?”とたずねる癖があったからだった。」<『八月の砲声』1963 バーバラ=タックマン 山室まりや訳 下 p.114 ちくま学芸文庫>

ドイツ共和国大統領

 1925年、エーベルト大統領が盲腸炎で死んだため、ドイツ共和国ヴァイマル共和国)の大統領選挙が行われた。これはヴァイマル憲法に定められた最初の大統領直接選挙であった。この選挙で右派のドイツ国家人民党が引っ張り出した77歳の老元帥ヒンデンブルクが当選した。社会民主党など共和派はヒンデンブルク大統領に大きな警戒心を持ったが、ヒンデンブルクは当面、憲法と共和国を守る姿勢を示し、また元軍人が大統領になったことで右派も満足し、ヴァイマル体制を容認したので、かえってドイツは安定することとなった。ヒンデンブルク大統領大統領の下で1925年にはロカルノ条約に調印、さらに26年には国際連盟に加盟が認められた。この間、ナチ党は低迷していた。

憲法48条を実行

 しかし、1929年10月の世界恐慌はこのようなドイツの安定を根底から揺るがした。同じ月に、共和国の経済再建と国際協調を進めてきたシュトレーゼマンが死去した。世界恐慌はドイツに波及して失業者が急増する中、国防軍の実力者シュライヒャーは共和政打倒、君主政国家復活の好機と考え、ヒンデンブルク大統領に右派のブリューニングを首相に推薦、1930年、大統領は彼を首相に任命し、同時に憲法48条に基づき、首相に議会を無視して緊急命令を発する権限を与えた。これは大統領に議会に制約されない権限を与えてしまうのでヴァイマル憲法の問題点とされていたが、まさにそれが実行され、ヴァイマル共和政の議会政治の終わりを意味していた。ブリューニングは1930年9月、議会を解散。そこで行われた総選挙で、右翼政党のナチ党は一挙に107議席を獲得し、第二党に大躍進した。

ヒトラーを首相に任命

 世界恐慌の影響はさらに深刻になり、銀行の破綻が相次いだ。こうした中でナチ党は急激に支持を伸ばしていった。1932年、7年間の任期が終わり、大統領選挙となると、ヒンデンブルク大統領は再選を目指した。勢いに乗るヒトラーも出馬、今度は社会民主党はヒトラーを阻止するためにヒンデンブルクを支持、当選した。ヒトラーは第2位であったが1341万票を獲得した。その後、首相はブリューニングからパーペン、シュライヒャーとめまぐるしく替わり安定しかった。しかし1932年7月の選挙が行われるとヒトラーのナチ党は230議席をとり、ついに第1党となった。一方失業者は600万を超え、社会不安が強まる中、1933年1月、前首相パーペンの推薦で、ヒンデンブルクはヒトラーを首相に任命しヒトラー内閣が成立した。ビスマルク自身はヒトラーを「ボヘミアの上等兵」(ヒトラーはボヘミアに近いオーストリアで生まれ、第一次世界大戦では上等兵だった)と呼んで馬鹿にしていたが、保守は総崩れの中でやむなく指名したのだった。こうしてヒトラーのナチス政権が成立した。

その死去とヒトラー総統就任

 1934年8月2日、ヒンデンブルクは現職大統領として87歳の高齢で死去した。即日、ヒトラーは大統領と首相の権限をあわせた総統(フューラー)となり、国家元首の地位に就く。これによってヒトラーは名実ともにドイツの独裁者となった。
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ノートの参照
第15章2節 ウ.西欧諸国の停滞