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文学革命

辛亥革命後の中国で『新青年』の刊行などから始まった新文化の創造をめざす運動。

 1915年、中華民国成立後の中国で始まった新文化運動とも言われる文化の革新運動を文学革命といっている。辛亥革命で清朝が滅亡したが、誕生した中華民国は安定せず、袁世凱の独裁政権を許し、民主的な近代国家への移行はならなかった。さらになお列強の圧力は強まり、民族の危機は一層きびしいものがあった。このような状況に危機感を募らせた若い知識人の中から、まず思想面での改革を必要と考える人々が現れた。その中からマルクス主義の受容もはじまり、中国共産党の結成にもつながっていく。この新しい運動では、かつての洋務運動が、「中体西用」を掲げ、中国の伝統的な儒教思想を保持しようとしたことに限界を感じ、儒教そのものを批判し、克服することを掲げたのである。この時期に新しい知識を求めたのは、1905年に科挙が廃止された結果、新しい教育をうけた人々だった。

雑誌『新青年』の刊行

 文学革命の端緒となったのは、1915年の陳独秀による雑誌『新青年』の刊行であった。ついで1917年1月、北京大学の学長となった蔡玄培は、学制の改革を行うとともに、若い改革派の文化人を招き、新文化の発信地とした。文学者の陳独秀胡適、学者の李大釗・周作人(魯迅の弟)などが招かれ、彼らは雑誌『新青年』を舞台に新しい文学と思想を提唱していった。特にそのなかで、文学における白話文学の考え、つまり口語文学による新しい表現追求と、古来の儒教道徳への批判が文学革命の中心となった。新しい文学の代表作とされるのが、魯迅の『狂人日記』『阿Q正伝』などである。
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ノートの参照
第15章3節 ア.第一次世界大戦と東アジア