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相互安全保障法/MSA

1951年、アメリカで制定された、被援助国に防衛義務を負わせる法律。これによってマーシャル=プランは終了した。

 1951年10月、アメリカ合衆国のトルーマン大統領のもとで制定された法律。Mutual Security Act で、略称はMSA。冷戦下の東西対立が1959年の中華人民共和国の成立によってアジアで深刻化し、翌50年に朝鮮戦争として火を噴いた。冷戦の世界的な展開に応じ、アメリカ合衆国のトルーマン政権は「封じ込め政策」の強化、拡大に乗りだし、米比相互防衛条約、日米安保条約、ANZUS条約を次々と成立させ、対共産圏包囲網を構築した。
 また国内では、10月にこの相互安全保障法を制定、経済援助の代わりに被援助国に防衛義務を負わせることとした。これによって、従来の経済復興を主眼としたマーシャル=プランは終了し、経済援助と軍事援助を一体とした新たな対外援助原則に転換した。なお、アメリカの対外援助は60年代からは資本提供の形態が主となり、また非軍事的内容に変化していく。

日本とのMSA協定

 アメリカは日本との間では、相互安全保障法に基づき、経済援助を受け入れる代わりに防衛力を増強することを求め、1954年3月に日米相互防衛援助協定(MSA協定)を締結した。このMSA協定に基づき、同年7月、防衛庁を設け、その統轄下に陸・海・空の三自衛隊が設置されることになった。
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ノートの参照
第16章2節 ア.朝鮮戦争と冷戦体制の成立