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スエズ以東からの撤兵(イギリス)

1968年、イギリスのウィルソン内閣がスエズ運河地帯より東のアジア各地に駐屯していたイギリス軍の撤退を表明した。

 イギリススエズ戦争(第2次中東戦争)での敗北以降も、アジア地域に軍隊を駐留させていた。その維持がイギリス経済を圧迫するようになったことを受け、労働党ウィルソン内閣は1968年に、アデンからの即時撤退と1971年までにマレーシア連邦シンガポールから撤兵することを表明した。これが「スエズ運河以東からの撤兵」の意味である。
 これを受けて、それまでイギリス保護領として残っていたペルシャ湾南岸の首長国が、1971年にアブダビとドバイを中心とする6首長国の連合国家である「アラブ首長国連邦」として独立した。

大英帝国の残滓も消える

 経済停滞に悩むイギリスにとって軍隊の海外駐在は大きな負担となっていたのでそれをなくすことが目的であった。イギリス第一帝国イギリス第二帝国の時代以来、アジアを支配したイギリス帝国の残滓はこれで完全になくなったといえる。同時にアフリカ植民地の独立もすべて認めたが、南ローデシアでは黒人抑圧を続ける白人政権の一方的独立に対しては認めず、交渉は難航した。