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第一帝国(イギリス)

18世紀後半に完成したイギリス殖民地帝国のこと。1763年からアメリカ独立でその一角がくずれた1783年の20年間を指す。

 イギリス第一帝国(第一次植民地帝国)の完成は、一般にフレンチ=インディアン戦争(ヨーロッパにおける七年戦争)の講和条約である1763年のパリ条約締結の時とされる。これによってイギリスはカナダ、ミシシッピ以東のルイジアナ、セネガル、ドミニカ、フロリダを獲得した。またインドにおいても1757年のプラッシーの戦いでフランス勢力を駆逐し、1763年にはカーナティック戦争を終わらせて支配権を確立した。このようにアメリカ新大陸からアフリカ、インドに及ぶイギリス殖民地支配が完成したのは18世紀中ごろとであるが、その端緒は、1600年の東インド会社設立に始まり、17世紀前半~18世紀の北米大陸13植民地の成立、1655年のクロムウェルによるジャマイカ領有、17世紀後半のインドでの商館設置などの一連の動きにある。したがってイギリス第一帝国は17世紀に形成が進み、18世紀後半、1760年代に完成したと言える。

第一帝国時代のイギリス

 また第一帝国の成立には、1713年のスペイン継承戦争講和条約であるユトレヒト条約でイギリスがアシエントを獲得したことも大きい。これによってイギリスは大西洋における黒人奴隷貿易を中心とする三角貿易の利権を独占し、大きな利益を上げたからである。イギリス第一帝国は重商主義政策のもとで、植民地支配と奴隷貿易を展開して資本をたくわえていった。また国内政治では名誉革命によって立憲君主政の政体と政党政治・議会政治の慣行を作り上げ、その上でも他の近代諸国の範となった。 → イギリス(6)

第一帝国の崩壊

 18世紀の激しいフランスとの植民地戦争(第2次百年戦争)は、一方で国力を消耗させ、財政はますます植民地に依存するようになった。その負担はアメリカ植民地に課せられたため、植民地側の離反運動をもたらし、ついに1775年のアメリカ独立戦争の勃発となる。その結果、1783年のパリ条約でイギリスはアメリカ合衆国の独立を認め、その他いくつか植民地を手放すこととなった。これによって、第一帝国は崩壊した。つまりイギリス第一帝国はパリ条約で完成し、パリ条約で崩壊した。イギリスは産業革命の進行中であったが、18世紀末から19世紀初めはフランス革命の動乱から登場したナポレオンによって危機に立たされることとなる。ようやくナポレオンが没落した後のウィーン体制時代に、イギリスは産業革命の完成と資本主義社会の成立に併せた自由主義改革を進めながら、新たな海外発展を遂げて第二帝国を成立させる。
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ノートの参照
9章2節 ウ.奴隷貿易と近代分業システムの形成