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レバノン暴動

1958年に起こったレバノンでのキリスト教徒とアラブ人の衝突。アメリカ軍が軍事介入したが、国際的な非難によって年内に撤退した。

 1958年7月、レバノンで起こった、親米的なマロン派キリスト教政権に対する、イスラーム教徒アラブ人の蜂起。第1次レバノン内戦とも言う。第2次中東戦争後、中東への介入を強め。前年にはアイゼンハウアー=ドクトリンを出していたアメリカのアイゼンハウアー政権は海兵隊を派遣し鎮定に当たった。
 レバノンではかねてからキリスト教徒とイスラーム教徒の対立が続いていたが、キリスト教マロン派のシャムゥン大統領は、エジプトとシリアが合体してアラブ連合共和国が成立し、さらにイラク革命が勃発したことなどから、パレスチナ難民を含むイスラーム教徒のアラブ人が攻勢に出てくることを恐れ、アメリカの経済援助と軍事支援を要請した。しかし、かえって大統領に対する反発が強まり、大統領擁護のマロン派とパレスチナ難民を含むアラブ人の対立は暴動となった。おりからのイラク革命の波及を恐れたアメリカは海兵隊を上陸させ、大統領を交代させて事態を収拾した。しかし、国連ではアメリカ軍の軍事介入に批判が強まり、緊急総会で非難決議が可決され、アメリカ軍は10月に撤退した。 → レバノン(現代) レバノン内戦 
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ノートの参照
第16章3節 ア.アフリカ諸国の独立